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朝日新聞シンポジウム「転機の教育」
討論前半:1 「国立大のどこが問題だったのか」(2)

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尾池和夫氏

●大学の中身、ほとんど知られていない

 尾池 ただ、世の中からいろんなことを言われていますが、それをよく聞いていますと、皆さんおっしゃっていることは、自分が学生だった時のことを思い出して大学の批判をなさっているというケースが随分あるんですね。 これはやっぱり間違いでありまして、大学のほうもどんどん変わっていっておりますから、今の大学を見ながら大学のことを言って欲しいなと思うわけであります。そこの行き違いというのがあったと思います。

 もう1つ大事な問題というのは、国立大学は――どこの大学もそうかもしれないけれども――自分たちがやっている研究教育の中身について、一般の納税をしてくださる皆さん方、あるいは、授業料を払う人の親御さんたちも含めてですが、ほとんどちゃんとお知らせしていない。つまり広報機能の欠如であります。

 大学の中身をほとんど知っていただいていないことに非常に問題があったのだろうと思っているわけでありまして、大学の広報機能を充実させるというのを私は今、最優先課題にしています。市民が持っている知識と、私たちが専門家として持っている知識、そのギャップの大きさというものを非常に大きく感じる、ひしひしと感じるんですね。

 一般論として、専門家が論文に書いたことが本当に伝わるのは50年以上かかると思っています。しかし、それにしても余りにも伝わっていないという現実によく触れるわけでありまして、専門家はみんな感じていることであります。例を挙げると切りがないぐらいございます。それがやはり一番の大きな問題であろうと思います。

 そこから、いろんな問題、象牙の塔だ何だということが出てくるわけでありますが、もっと大学の中を知っていただくということが、今後とも大きな課題になるだろうと思うのです。

 具体的なことについては余り長い時間使ってもいけないでしょうから、だんだんにお話しすることにして、そんなことを感じているという出だしであります。

 清水 次に、安西先生に伺いたいと思います。安西先生はプログラムのパネリストの紹介にもありますように、外国の大学でも教えておられましたし、北大でも教えておられた。その後、慶応で、今、塾長でいらっしゃる。国立も私学も知っていらっしゃるお立場ですけども、安西先生、以前の国立大学に果たして問題はあったとお感じになっていますか。

●画一的な構造が問われている

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安西祐一郎氏

 安西 端的に申し上げて、以前の国立大学は、組織として他の民間組織と相当違うなと思っておりました。正直なところを申し上げますけれども。普通でしたら、企業等民間の組織であれば、自分の企業が中身はどうであっても、公の場で他の人に対して自分の企業、組織のことを悪く言うということは余りないのですね。

 ところが、国立大学の先生方は、自分の大学のことを人に「何て大学なんでしょうね」と言う方が結構おられた。私立の先生は余りそういうことはないのではないかと思います。

 それは、やはり国立大学の先生方が、自分の大学を自分の大学だと思っておられない、つまり、自分が努力をしないと自分の大学がなくなってしまうのではないかということがもともとない、ということから来ているのではないかという気がしておりました。それは、国立大学が法人化されて、マインドとして変わっていくのではないかと思います。

 もう1つは、以前の国立大学の場合、これも外から拝見しておりまして、東京大学、京都大学といった大学を頂点にした一種の護送船団体制のような構造ができておりまして、その中で、それぞれの国立大学が自分のポジションといいましょうか、そういうものを持っておられたような気がいたします。

 それを全体として見ますと、将棋に例えれば王将がいて、飛車、角がいて、金が2枚あって、銀が2枚あってと、こうなりますけれども、全体としてそういう体制があったように思います。

 それはもちろん、先ほど寺崎先生の非常に感銘深い話をお聞きしましたけれども、明治以来の歴史、あるいは、戦後、特に日本の経済復興、経済成長の時代にはよかったという面もあるかと思いますが、バブル経済の崩壊以降、あるいは、国際的には1989年か90年頃の米ソの冷戦構造の崩壊以降、そういった構造自体が問われるようになってきている。そういう中で、国立大学のいわば護送船団体制、一種の画一的な構造が問われるようになってきていたと思います。

 私立大学のほうは、私立大学団体連合会がありまして、私はそこの代表をしております。私立大学団体連合会の目標として「活力ある多様な人間の育成と新しい多様な価値の創造」という言葉を承認いたしておりますが、この言葉のなかで「多様」という言葉を2つも使っております。これからの時代、特に国際社会は多極化し、国内でも人口が減るとともに高齢化社会になり、社会の構造が変わっていく中で、活力のある多様な人材の育成、それから、新しい多様な価値を生み出していかなければいけない、そういう時代になったわけであります。

 やはり国立大学でも、今までの、いわば外から見ているとかなり画一的な、これは国立大学の先生だなというのが比較的よくわかる、そういうことを越えて、それぞれの国立大学法人がそれぞれに多様な価値を求めていっていただければと思います。

 画一的ということについて1つエピソードを。私学も問題点は多々ありますので、余り国立大学のことを申し上げてもと思いますけれども、1990年代の前半頃、先ほどもお話がありましたけれども、大学院の重点化が国立大学、特に主要大学でもって課題になりました。これは国立大学のほうの問題でありましたけれども、私自身はたまたまその時に慶応の理工学部長になりましたが、学部の教育改革を始めました。

 その時、国立大学の多くの先生方に言われましたのは、どうして今頃学部の改革をやるのか、大学院の重点化、大学院の改革の時代ではないのかということでした。そして、国立の主要大学は、いろいろ背景がありますけれども、いずれにしてもいわば横並びでもって大学院の重点化を進められたわけであります。あの時に、学部の教育改革を幾つかの主要の国立大学がやっておられればということを何となく思うところがあります。

 清水 米澤先生にも伺いします。米澤先生は、国立大学で学ばれて、その後、広島の国立広島大学でも研究されて、途中、経済協力開発機構にもおられたという大変希有な経歴の持ち主だと私は思うんですが、ご自身、育った国立大学、あるいは研究・使用していた国立大学を振り返って問題があるとすればどこなのか。余り皆さん、国立大学の悪口を言うので、もし、いいところもあればおっしゃってください。

●最大の問題は「形式主義の横行」

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米澤彰純氏

 米澤 どうもありがとうございます。私自身、今ご紹介がありましたように、10年以上、学生・教員として国立大学にいました。きょうは評価機関の者として呼ばれたのだと思うのですけれども、パネリストの年齢構成を見た場合に、おそらく50代の安西先生が45歳以上ぐらいをカバーしていただいて、私は多分、18歳ぐらいから45歳ぐらいの、かなり広いところをカバーしなきゃいけないのかなと思います。

 ここでは、少し若手教員という立場で、どういうことが言えるかということだけをお話をさせていただきたいと思います。私は1990年代の初めに国立大学で教職について、主に自己評価とか大学改革の部分に関わってきたこともございまして、私の中では――寺崎先生は確かに突然時間切れで法人化したというような発言をされたんですけれども――やはり国立大学の教育改革自体は10年ぐらい続いてきていて、法人化の準備というのも、実際には4年ぐらいはきちんとそれなりにはやってきたという意識がありました。その意味で、何をもって旧来の国立大学のあり方と言うのかは、定義として難しいかなと思います。

 その上で、3点だけ、やはりここでは非効率だと思うところを言ったほうがいいと思うので言います。第1点は、国家公務員の定員削減がずっと80年代、90年代に進められる中で、東京大学の場合ですが、実は教員の数が定員削減の中で増え続けたということを経験いたしました。では、どこにしわ寄せがいったのかというと、事務局、それから、若手の助手を中心とした教員層でした。

 具体的には、私自身は研究所に近いところにいたのですけれども、講座というのがございまして、教授、助教授、助手というのが1チームになっているのですが、これが、初めは1人の助手がお世話する教授や助教授は、せいぜい2人が限界だったのですけれども、これが、現在だと大体6人から7人をお世話しながら──お世話と言っては失礼なんですけれども──その教員分の学生を面倒見ていくという、ほとんど研究するのは不可能な状況に置かれつつあるのではないかと思います。

 事務局に関しては、この間、事務局の全学一元化とか抜本的な改革を行った大学が多いのですけれども、いずれにしても、公務員の定員削減の問題を、かなり部分、若手や弱い層にしわ寄せすることで乗り切ってきていたのではないかなと思います。

 第2の点ですが、大学の中にいて非常に感じることは、大学の学部とか講座の力、それから、あるいは、1人1人のスタッフの力を合わせて、大学全体をよくしていこうという動きがなかなかしにくいというか、そういう仕組みが十分に整っているとは言えなかったんではないかと思います。

 大学の中心にいる方々――我々は「執行部」という専門用語を使うのですけれども――その執行部の方々というのは、程度の差はあれ、かなり以前から危機感を持っていらっしゃいましたし、改革をしようという努力をされていたと思います。

 ただ、実際に、講座、あるいは小さな研究組織に行きますと、まずそこの利害というのがどうしてもありますし、例えば、講座で教員のポストを1つ増やしたいという場合には、実は、大学の総長、あるいは、学長にお話をする前に文部科学省に行って「どうですか」というふうに聞くということが行われていたような気がします。

 このような意味で、大学全体として何をするかという仕組みそのものが機能していなかったということが、第2のポイントかと思います。

 第3の、そして最大の問題は、実際に仕事をしてみて感じることですが、旧来の国立大学には形式主義の横行が、やっぱりあったと思います。大学の事務職員は、国家公務員として仕事をしてきましたし、事務局の幹部の人事権は、ご存じのように、文部科学省の管理下にありました。

 国立大学の事務職員の多くは、実は大学単位で採用されており、また、一生その大学で自身のキャリアを終わる方が多いのです。その意味で、事務職員の多くには、かなり愛校心もあったと思いますし、帰属意識も大学に対してあったのだと思います。

 ただ、そうした一般の事務職員には、その大学の長期的ビジョンの形成に参加したりとか運営に関わるという権限が、ほとんど与えられていません。そこで、もっぱら大学の改革、あるいは、仕事の合理化というのを考えた場合には、要はルーチンワークの手数を減らすということを一生懸命やる。例えば、非常に瑣末なことに聞こえるかもしれませんけれども、ある書類というものがあった場合に、その書類をいかに早く書いてもらうかとか、あるいは、予算は初めのうちはかなり絞って使っていきますので、年度の最後になればやっぱり予算が最終的に余るのですけれども、それを信じられないような無駄な使い方をしてきたというのが国立大学で働いていると見えるわけですね。

 大学の教員も職員も、そういうことに対して、問題性を感じなく仕事をしてきたか、あるいは、問題性を感じていても、長い間になれてしまっていたということはあったのではないかと思います。

 最後に、安西先生がおっしゃっていたことにかなり近いんですけれども、大学の教職員、特に教員の意識の中には、自分たちが大学のサービスの担い手であるという意識は、もちろん、あったとは思いますけども、どちらかといえば希薄であったのではないかと思います。むしろ、国立大学というのは施設であると。大学は、国の施設であって、自分たち、つまり教員もまたその施設の利用者であって、そこで研究をして次の世代を育てることが自分たちの使命であるという考え方に立っていたのではないかと思います。

 だからこそ、施設としての大学のあり方には文句を言いながら、自分たちの活動がその大学の活動全体にどのように位置づいていて、その上で自分たちが何をなすべきかという発想にはなかなかつながらなかったというところが法人化以前の最大の問題点だったかなと思います。


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