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朝日新聞シンポジウム「転機の教育」 |
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安西祐一郎氏 |
安西 さっき大星さんの言われたのは、本当に全くその通りで、特に私学の場合、それぞれの大学は後ろがないのですね。やはり、総長、学長が一歩も引かずに構造的な変革をやらない限り、道は開けません。
国立大学法人の場合には、まだ始まったばっかりですが、私学の場合には、やはりそれぞれが生き残りをかけてそういうことをやらなければいけない。
その時のミッションは、例えば、慶応義塾の場合にはオリジナリティーでしょうか、やはり他の大学がやってこなかった、しかし、これから時代とともにきっとやるであろうことを、先手を打って行うということです。そのことを教育についても研究についてもやっていくべきだということです。
その中身、つまり、どういうテーマのどういう研究を、いつまでにこうやろうというのは、やはり大学の場合にはそれぞれの研究者が決めます。それは非常に大事だと思いますが、慶応の場合には創立されて150年近くになりますけれども、「未来への先導者」ということが150年近くミッションとして面々と続いておりますし、これからもそれをさらに延ばしていくべきだと思っております。
それに照らせば、やるべきこと、やらざるべきことというのは自ずからきちんと出てきますし、教職員がそれぞれにそのことを共有して、前へ前へというマインドを持って仕事をしていくということが大事だということですね。
清水 安西先生、研究と教育はどちらも大事なミッションではありますが、高校までの教育と大学教育のどこが違うかといえば、大学教育というのは研究に裏打ちされた教育というところで高校と違うと思うんですね。
教員の皆さんは、一方で研究者であるわけですが、この研究という面で、今度の法人化は私立大学にどんな影響をもたらすと思ってらっしゃいますか。例えば、研究の競争において。
安西 莫大な影響をもたらすと思いますね。それは、私学にとっては非常な脅威であります。
現実問題として、先ほどから申し上げているように、私学の場合には、財政基盤まで含めたインフラがものすごく脆弱です。従って、教育だけでやっとという大学が多いのではないかと思います。
私学は、研究はやらなくていいよというような声がもしあるとすれば、これは全く大きな間違いです。なぜなら、これからの時代は、多様なテーマでもって先端的な研究を多様に行って、オリジナリティーをいろいろな場でもって出していくことが、日本として重要だからです。
そのための私学の存在、私学の役割というのは極めて大きいものがありますが、研究という面では、やはり財政と施設が国立大学の基盤に比べると非常に脆弱なために、研究自体がもうほとんどできないというようなところまで追い詰められているかと思います。一方で、法人化が成功しつつあり、また、高等教育全体が活発な方向に進んでいる。その両方を申し上げておきたいと思いますけれども、現実には、私学にとって、非常な脅威だということです。
清水 尾池先生にも、同じことをお尋ねします。法人化によって、研究・教育面にプラスにさせるとすれば、どういうことが必要なのかということですね。
●国公私全てが力を合わせ、国際競争力を保つ![]() |
尾池和夫氏 |
尾池 最初の基調講演の中で、幾つかの大事なことがあったわけですけれども、「今回のこの国立大学の改革というのは内発的ではない」と寺崎先生はおっしゃった。
内発的ではないのは、その通りだと思っておりますから、成功したとかしなかったとか、そういう評価はしないわけですね。こっちが仕組んだわけじゃない、外からの外圧としてストレスが来ているわけでありますから。
大学として何が大事かというと、そういうストレスが外から与えられた時にこそ本領を発揮して、研究と教育の質をしっかりと守り、あるいは、発展させて、国際競争力を身につけていく。そういうことが基本的に大事なわけです。これは国立も私立もないわけで、国公私立大学すべてが力を合わせて、こういう非常に大きな改革が外から与えられている時に、それをマイナスにしないようにする。これをいいチャンスとみなす人はみなせばいいわけですけれども、そういうふうにできるところは、今後の国際競争力を身につけていく。これが基本だろうと思うんですね。
これができないと、やっぱりつぶれていくということは、甘んじて受けなきゃいけないということになると思うんです。それが外からの評価に耐えるということであろうと思います。そうならないように、とにかく力をしっかりキープして、ダウンしないようにやっていくというのが一番の基本じゃないでしょうかね。
だから、成功したとかしなかったとかいうことは、こっちからは言いたくないなというのが正直な気持ちです。ただ、非常に恐れていた割には、うちの大学でいえば、3000人の先生が割合しっかり受けとめて、法人化したためにダウンしたなと見えるところは1つもないという感じです。学生たちも、割合平気な顔をしてしっかり受けとめてくれています。まあ、授業料値上げ反対の運動を今でもしていますが。
そういうところをやりながら、ちゃんとチェックするところはしながら、意外と私が心配したほどはこたえてないというか、受けとめて、しっかり保っている。どこかが切り崩されたとかダウンしたとかいうことはない。それにはちょっと安心感を持っているという感じでしょうかね。
だから、成功、失敗じゃなくて、とにかく、今は耐えて、ちゃんと乗り切ろうとしていますということが言えるんじゃないかと思うんですけど。
大事なのは、皆さんがおっしゃっている通りで、大学全体が連帯をしっかり持って、世間の理解をもっと得ながら、国際競争力を保っていくという、もうこれしか考えることはないなと今思っているんですけどね。
清水 法人化に際して、国立大学が中期目標をたくさんつくって出しましたけども、これを読むと、学部での教育ということに非常に力点を置くような中期目標を書いた国立大学がたくさんございます。
昔は、特に国立大学の先生は、研究には一生懸命になるんだけども、どうも学生に教えることについては、渋々やっているというようなことを言われることがありました。もしかしたら、それは外部がよく知らずに言ったことかもしれませんけども。
今度の法人化で、例えば、大学の先生たちの中に、教育にこれまで以上に力を入れようよというような意識の変化の萌芽というか、芽ぐらいはあるんですか。
尾池 非常に明らかにあるんですよ。つまり、教育をおろそかにしてきたばっかりに、ここまでいじめられんといかんか、ということに気がついた。これは間違いないんで、京都大学の書いた文章を見ていただくとはっきりわかると思います。法人化する前には「京都大学は、研究と教育に熱心に」と書いてありますが、法人化して「教育と研究に」と変わった。「教育」を先に持ってきた。これはものすごい変化ですよ。それぐらい意識しているんですね。
いろんなことを書く時に、京都大学の基本理念とかをわざわざつくったというのも、その1つです。「自由の学風を」とかいって書いてあるんですけど、長尾(真)前総長が「自由の、自由の」といって演説するもので、私は横から茶々入れて「自由という言葉を忘れた時、初めて自由がある」とかいって言ったことがあります。本当に、「自由、自由」と言ってみたり、「研究と教育」って言って「あっ、すみません。教育と研究」って言い直すぐらい意識しているんですね。
だから、はっきり言って、これは研究に基づいた教育をやるんだという高等教育の基本ということに気がついたんじゃないかと思います。今でも研究は本当に一生懸命今やっているんだけども、教育という場で社会貢献として生かさなければ意味がないんだということをはっきり意識している。これが今の時代の一番大きな特徴じゃないでしょうかね。
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