【シンポジウム】
どんな日本経済をめざすのか
緊急連続シンポ 9・11テロ後の世界と日本(第3回)
黒川 実は、日本のGDP(国内総生産)は500兆円と言われて、アメリカが1000兆円、日本の次はドイツの200兆円ですから、日本は人口割にしても圧倒的に世界の経済からも大きな位置を占めているわけです。だからこそ、日本の経済活動、経済構造がしっかりしてくれないとみんなとばっちりを受けるというので、いろいろやっているわけですが、リーダーシップの欠如、今までの価値観で、やろうと思っても何も決められないという人たちが上にいるという問題があるわけです。
だけど、一方で、このGDPは一体どういう国内産業なのかということを分析してみると、日本とよその国、いわゆる先進G7で一番際立った違いは何だかご存じですか。日本はそのうち70兆円、14%が土木、建築です。こんなG7の国はありません。日本だけGDPの14%ですけれども、よそのG6はせいぜい、大体数%です。そのうち日本の場合は、30兆円が官需です。官需というのは国が出すお金の公共事業。これは、残りのG7のうちのG6を全部足して、よその国が同じようなカテゴリーで年間どのぐらいお金をシビル・エンジニアリングと言われるような、ダムとか、道路とか、いろんなのをやっているかというと、6カ国合わせて30兆円にいっていません。
さて、そうすると、6カ国の土地を全部足してください。日本の土地で割ってください。1平方キロメートルに官需と言われる、土木とか、ダムとか、いろんなことをやっているのは日本は平方キロ当たりG6トータルの80倍です。そんなにやって欲しいんですか、皆さん。
ところが、一方、皆さんにこれからの日本に何をして欲しいのかとアンケートをとると、そんなのは政府の白書で出ていますけど、70%の人が一番望んでいるのは、「健康で、安全で、安心して住める社会だ」と言っています。どうしてそこに投資できないんでしょうか。つまり、今までの55年体制の選挙、政治家はやっぱり票が取れなきゃいけませんから、そういうことになっているのをいかに意識を変えていくかというのがすごく大事ですね。
そうなれば、今、30兆円の医療費と言いますけれども、これはGDPの6%ですけど、G7で日本とイギリスが一番低いんです。だから、医療費をもっと増やせと言うべきなんですよ。道路はもう十分だと。また2400キロなんて言っていますけど、やめてちょうだいというのがどうして国民の声として出てこないのか。
医療事故が出てくる。私もテレビの前で頭を下げました。そうすると、現場のお医者さんは大変だ、看護婦さんが足りない、小児科も大変だと言うけど、だれもそこにお金を投資しようとしない。どうして看護婦さんを増やそうとしないんですか。どうしてもっといいお医者さんを作ろうとしないのかという話は、私ども教育者としては、そのシステムを一生懸命今やっていますけれども、それはぜひとも国民のバックアップが必要なんです。
それでは、アメリカの医療費はGDPの15%です。そのうち5%は国が出しているお金です。日本は30兆円の医療費のうち3分の1も国は出していません。皆さんから取られている保険料だから、もっと国は使っていいんですよ。しかも、増えた分は、日本は一番最低なんだから、だけど、G7では一番高齢化が進んでいるんだから、もっと使っていいはずじゃないですか。
という話にもっと政府は投資すべきなんだけれども、その投資したお金は、今のようながんじがらめの規制でやってはだめです。真水分はもう規制撤廃で、マーケットバリューでコンピートさせれば、いいものはお金を払ってもいいかなと、だけど、インフラとして、公的な病院はすべて公的なお金の保険だけでやりますという話のチョイスをあげるべきだと思いますよ。私は、そこをみんな望んでいるんじゃないかなと。国民の意識調査から言うと、7割が一番と言っていますから。
やっぱりアメリカのドメスティックの一番大きなマーケットは健康関連産業です。これが雇用の11%です、アメリカの労働力の。日本は、健康関連産業、医療、製薬みんな入れても雇用の5.5%です。だけど、土木、建築が日本の雇用の10.5%。アメリカやほかのG7はせいぜい5%ですよ。つまり、そこに雇用がシフトしてこなくちゃいけないわけで、そこに皆さんお金をつぎ込んで欲しいと思っているんじゃないですか。
しかも、21世紀はバイオの世界だといって、国がGDPの1%を研究に投資することになっています。その1%をいかに効率よく使ってイチローみたいな人を一人でも多く出すかというのが大事で、去年、今年とノーベル賞が日本から出たというんで、みんな元気になったじゃないですか。
大学もいろいろ改革しようと思っていますよ。だけど、今までの大学は、日本は国立大学が優先です。でも、経済大国になった国で、国立大学があって、それの方がありがたいと思っているのは日本とフランスだけです。ハーバードとか、スタンフォードとか、ケンブリッジとか、みんな国立じゃないんですよ。だけど、日本は国立がありがたいと思っているでしょう、みんな。それが非常識ですよ。しかも、アメリカもイギリスも国立じゃないから、いい大学に行くという、クリーム・オブ・クリームじゃないけど、非常に優秀な人たちは役人になろうなんて思うと思います? 大企業へ行きたいなんて思うと思います? 全然違う価値観で動いているでしょう。
ということは何を意味しているかというと、国立大学は途上国には非常に大事です。限られた資源を人材の育成に使うんですから、明治時代の日本はそうですよ。だけど、今も国立大学があるなんていうのはおかしい。それをみんな何も言わない。なぜかというと、日本は、企業も、行政も、大学も、リーダーだと言われる人はそういう価値観で、そういう大学を出た人ばっかりだからです。
桐村 済みません。大学の役割はまた後でお伺いしますが(笑)、成毛さんにお伺いしたいんですけれども、この間、政府もIT、ITと騒ぎまして、あげくの果てに「ITバブル」で、株式が暴騰して暴落、成毛さんは、初めからそんなアイデアも技術もないのに、新聞も悪いのかもしれませんが、ネットワーク関連だとか、IT関連だとか、はやしただけで株価が高騰したことがおかしかったと、あんなバブルはもともとないんだというふうにおっしゃっていたんですが、この間の騒ぎから何を学んだからいいんでしょうか。
成毛 マーケットがある以上は、このたぐいのことはまた何回か起こると思うんです。学ぶことが、やっぱり人類全体的な……、人類というのはちょっとオーバーですけど、人間の性(さが)として、やはり投機的な部分というのは必ず残ると思います。市場がある以上は、マーケットがある以上は。とりわけ株式にしろ、ほかの市場、一般の市場に関しましては、これは起こると思うんです。たまたま20世紀と21世紀の境目がITだっただけで、300年か400年ぐらい前にはオランダのチューリップだった。それに全然学んでないんで、また起こってきただけだということであります。
10年後には恐らく、それこそゲノムバブルとか、すごいものがいっぱい出てくるのではなかろうかと思いますが、それはやっぱり起こると思います。学べないと思います。それほどやはり、ある種、投機というのは、巨大な規模での競馬ですとか、ある種パチンコですとかと全く同じなものであって、その部分、人間のさがは……、さが論なんですけど、さががある以上は学ぶことはできないんだということなんです。
ただ、日本に関しては、ITバブルがそれほど大きかったとは、僕は思われないんです。1億円とか2億円の値段になった株がいきなり100万円とか10万円になるということを見ましたけれども、それでものすごい損した方たちというのは、国民一般レベルで見ますと恐らく数%もいないんではないか、1%ぐらいなんだろうと思います。
案外、投資信託の方も、そういった株の組み込みの比率が低かったんです。つまり、流動株式数が少なかったということもありまして、ですから、案外影響はひどく大きくはなかった。アメリカと比べてという意味ですけれども、案外アメリカのほうが大きかったように思います。むしろ、今ですと、MMFに対して組み込まれていたエンロンのほうが、よほど日本の一般的な貯蓄者にとってみますと痛かったかもしれません。そんなこともありまして、学ぶことはきっとないんでしょう。
ただ、もう1つだけ言っておきますと、日本で今、IT、ITと言っているものには、極めて私は懐疑的です。いわゆるバブルの延長線上にある、光ファイバーを引くと何とかなるとか、さっき黒川先生がおっしゃったように、土木の感覚でITなんですね。「恐るべし日本」というふうに思いましたけれども、「恐るべし日本政府」と言うべきなんでしょうが、土木感覚でITをやるというのは非常に間違っているというふうに私は思います。
かといって、ソフトを作れというわけでもないんです。今さらソフトを作っても、もしかしたら遅いかもしれません。もう少し別のやり方があるんだろうと思いますが、こんな大勢の人の前では、本当は答えは知っているんですが、言っちゃうと損をしそうなんで、ばれると困るというだけではありませんけれども、後ほど機会がありましたら、どうやっていくかというお話をします。
桐村 ありがとうございます。ところで、新分野、新産業といいますと、「イコール・ベンチャー」というふうに見られやすいんですが、果たして、「イコール・ベンチャー」という発想がいいんだろうか。そもそもベンチャーというのは何だろうというふうに思うんですが、この辺、堀場さん、いかがでしょうか。
堀場 ベンチャーの定義というのは大変、人によって全部違うんですね。ですから、自分が思っているのがベンチャーと思っています。ただ、私は思いますのは、自分の自己実現といいますか、自己実現の意欲の非常に強い人が、いろいろ自分の人生を考えたときに、先ほど申したように、自分の好きな箱をいろいろ探すんだけど、ない。「これはもう自分でやるしか自分の生きる道がない」と思ったときに、初めてベンチャーというのが生まれてくると思うんです。
したがって、ベンチャー育成のいろんな手だてがあるんですが、私はいつも思いますけれども、ツンドラですね、マイナス50度ぐらいになって、地面がガチガチに凍って、あんなとこに生物がいるのかと思うと、立派にやっぱり草みたいなのが何か生えてますね。コケみたいなんもあるし、結構、それでまた花が咲いたりするんですよね。
ですから、いつ、いかなる状態においても、ベンチャーを起こす気持ちさえあれば、ベンチャーは起こるんですよ。もちろん環境がよければ成長が速いとか、今までツンドラでは絶対育たなかった植物が育つということはあるでしょうけれども、基本的には、やっぱりどんな状態でもベンチャーというのは育つという前提で、それをいかに育てやすくしてやるとか、あるいは、今までだったらよう育たなかったやつも、環境をよくして育ててやるということになってくるんではないかと思います。ベンチャーのベースというのは、起こす人が、自分がこの世に生を受けて、そして、自分がこの地球上に存在した証(あかし)を残したいと、こういう気構えのある人しか、結果的にはベンチャーというものは育たないのではないかなと私は思います。
桐村 ベンチャーは必ずしもベンチャービジネスの経営者でなくて、小泉首相もベンチャーだとおっしゃっていましたけれども、これはどういう意味ですか。
堀場 これはもう、何でもベンチャー。まず、人間生きてたら、大体これ、ベンチャーなんですよ。どないなるや分からしません。歩いてたら、上から看板が落ちてくるかもしれんしね。飛行機に乗ったら落ちるかもしれんし。嫁はんかて、いつ何時どないしよるや分かりませんやん。これもう、いつもベンチャーなんですよね。生きてること自体がベンチャーなんですよね。
でも、非常に意志の強い人と、周りの環境にまあまあ流されながら生きていこうかという人の差であって、僕は、やっぱり面白なかったら自分でやろうかというだけの話。料理でもそうですわな。インスタントのやつ食うて満足している人はそれでいいけど、どうもこの味はちょっと私の味と違うと思ったら、やはりみりんとしょうゆと砂糖で自分で味つけしますよね。それがベンチャーだと思います。
<<BACK / NEXT>>
<開会>/ <第1セッション>/<第2セッション>
|