ドクターコトー診療所というテレビドラマがあった。「がんを甘くみちゃいけない。」そんな言葉が私の心に残る。若さとか、性別とかそんなものは関係なく病気はやってきて。生活習慣がどんなによくても“運命”というヤツは残酷だったりするのだ。
人は、決まり文句のように「ガンバレ」と口にする。何を言ってよいのか、言葉に詰まると「ガンバレ」と言うのだ。まるで合言葉のように、「頑張れガンバレ」と。 私はその言葉ほど、残酷なものはないと思う。だって彼らはいつだって「ガンバッテ」いるのだから。辛い治療に耐えて耐えて耐えて。いつ来るかわからない死という恐怖に押しつぶされそうになりながら。眠れぬ夜を一人ぼっちで過ごしながら。自分自身と戦いながら。自分の身体なのに、そうじゃないような気がしながら。手術台に乗せられて、遠のいていく意識に怯えながら。
生きているのだ。
ガンバっているのだ。
これ以上、何をガンバレというのだろうか。
そう、彼女はこの上なくがんばった。いえ、頑張っているのだ。今も尚。
母、由紀子は強い人だ。それが娘の私からみた、彼女である。彼女は昔からパワフルでいつも忙しく動き回っている。仕事をし、家事も人並み以上にこなす。料理上手で、私は彼女の料理が大好きなのだ。趣味も多く、要するに家に閉じこもるということが出来ない人だ。明るくて、元気で、頑固者。それでいて家族で一番涙もろい。
そんな母が、乳がんであることが分かった時一家は騒然とした。というよりも 「どうして母が?」 という驚きの気持ちで一杯であった。母は、珍しく我を失ったように毎日を過ごした。あんなに家でじっとしていることのなかった人間が、誰にも会いたくないと呟いたのだ。私はそんな母を見て当惑した。彼女のがん発覚は、高橋家の闘いの始まりであったのかもしれない。母は塾を経営している。約二十年続けてきたこの塾は、まさに彼女自身を表現するような塾である。最初はたった一人の生徒から始まった。それが今では七十名以上いるようだ。どうしてこんなにも成長したのだろうか。それは彼女の人生が、彼女の人柄が、彼女の努力が、そうさせたのだと思う。彼女は仕事を、この塾を、そして何よりも生徒達を愛している。手術をし、退院したその日にもう彼女は教壇に立っていた。こんな先生、他にいるだろうか。
「私はがんになってよかったのかもしれない。」そう話す母はやはり、強かった。彼女は言う。がんになっていなかったら友達のありがたみにも気づけなかったと。コトバの持つ恐ろしさと、その反面の救いを知ることはなかったと。仕事をこんなにも頑張ろうとは思わなかったと。そんな彼女に、私達家族は救われたのかもしれない。娘の私としては、母にはいつでも健康でいてもらいたかった。しかし一年前よりも、二年前よりも、彼女はずっとずっと今の方が活き活きしている。そう、彼女はいつだって健康なのだ。それは、がんと闘った者のみ得られる健康なのかもしれない。
乳がんであると告知されたあの時、全てが絶望的だった。未来なんて全く考えられなかった。しかしどうだろうか。彼女は退院した三月に、可愛がっていた生徒達を見事に受験に合格させ、卒塾させた。「打ち上げだ!」そう言って誰よりも張り切ってボーリングをしていた女性がいる。紛れもなく、それが私の母である。彼女の今の楽しみは、毎日可愛い生徒達に会うことであり、巣立っていった生徒達の未来を願うことである。そしてもう一つ。今建設中である一軒屋の前を通っては、完成を待ち望んでいるのだ。どうやら半年後、もう一つ塾ができるようである。
気のせいだろうか。母は最近綺麗になった。母に学び、母のような女性でありたいと二十一になって思う私である。私は心から、彼女の娘に生まれてきたことを感謝したい。そしてどうか神様、これからの彼女の活躍を見ていてほしい。
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