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スティーブ・ジョブズ

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写真:スティーブ・ジョブズ氏

スティーブ・ジョブズ氏

解説

本名 Steven Paul Jobs

人物  米アップル社の創業者。2011年10月5日、死去。04年に膵臓(すいぞう)がんが見つかって治療を受け、08年~09年にはほぼ休職して肝臓移植手術を受けた。今年1月に再び病気療養に入り、8月に「職務や期待に沿えなくなった」としてCEOからの退任を発表していた。

 1955年2月24日生まれ。幼少時にジョブズ家に養子に出される。高校時代のバイトで、後年一緒にアップルを設立するスティーブ・ウォズニアック氏と会い、電話をタダがけできる違法な装置(ブルー・ボックス)を売り歩いた。72年にはオレゴン州のリード大学に進学したが中退。74年にTVゲームの大手アタリ社に入り、途中でインドなどを放浪する。

 75年に出された初期のコンピューターキット「Altair 8800」に刺激され、ヒューレット・パッカードで働いていたウォズニアック氏が作ったパソコン、アップルIのビジネス可能性をいち早く見抜き、77年にアップルコンピューター社を設立し、80年代初頭には2億ドルの資産を得て、経営者として注目されるようになる。

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 79年にゼロックス社から出資を受け、同社のコンピューター「ALTO」を見て、画面をマウスで操作できる方式のパソコンを思いつく。その技術を使ってアップルIIの後継機リサ(Lisa)の開発を担当するが、途中でマークラー社長に担当をはずされマッキントッシュ開発に参画。独自のデザインセンスで、84年に最初のマッキントッシュを発売する。

 83年にマーケティング強化のため、ペプシコーラの社長ジョン・スカリー氏を「一生、砂糖水を売って過ごすのか?」と説得してヘッドハントし、当初は「ダイナミック・デュオ」と呼ばれるほどの成功を収めたが、マッキントッシュの売り上げ不振を理由にスカリー氏と対立して85年に解雇される。

 その後、アップル株を売却してNeXT社を立ち上げ、88年には同社のNeXT OSを使ったパソコンを発売。86年にはルーカスフイルムのコンピューター部門を買収してピクサーを設立し、「トイ・ストーリー」などのCG映画制作で成功し、06年にディズニーに売却する。90年代にマッキントッシュのOS開発が行き詰まったことを聞き、97年にNeXTをアップルに売却して、当時のアップルCEOアメリオ氏を追い出し、暫定CEOに返り咲く。

 00年に正式にCEOになり、NeXTのOSを基本にしたMac OS Xを発売し、同時にiPodを発売し、iTunesというソフトで音楽配信ビジネスを立ち上げる。07年にはiPhoneも発売し、社名を「アップルコンピューター」から「アップル」に変更。常に時代の先端を走るデジタル商品を出し続ける。11年4~6月期は売上高、純利益が過去最高となり、11年8月には米石油大手エクソンモービルを抜いて、時価総額が米企業首位となった。

 菜食主義者で60年代のカウンターカルチャーの影響を強く受け、インド哲学にも傾倒する。共同経営者や他社を追い落とす、自己中心的な経営手法に批判的な声もあるが、カリスマ的なプレゼン技法で多くの人を魅了し、アップルというユニークな会社を成功に導いた手腕に対する評価は高い。

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解説文は11年8月25日更新

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