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原辰徳

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写真:日の丸を持ってグラウンドを回り、観客の声援に手を振って応える原監督=米・ロサンゼルス、遠藤啓生撮影

日の丸を持ってグラウンドを回り、観客の声援に手を振って応える原監督=米・ロサンゼルス、遠藤啓生撮影

解説

本名 原 辰徳(はら・たつのり)

生年月日 1958(昭和33)年7月22日

出身地 福岡県 大牟田市

現職 プロ野球読売ジャイアンツ(巨人)監督

元職 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)監督 プロ野球解説者(日本テレビ) プロ野球読売ジャイアンツ(巨人)監督、ヘッドコーチ、野手総合コーチ、内野手

人物  1958年7月22日福岡県大牟田市出身の元巨人選手、現巨人監督。2009年第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表の監督をつとめ、日本を2連覇に導いた。

 父は福岡県立三池工業高校、東海大付属相模高校、東海大野球部の監督だった原貢。74年、東海大相模高校に入団し、親子鷹として話題を呼んだ。夏の甲子園に3年連続で出場し、75年の春は準優勝の成績を収めている。東海大進学後、3度のMVPを獲得した。80年プロ野球ドラフト会議で巨人の藤田元司監督が4球団競合の末に1位クジを引き当て巨人入団。81年、開幕からスタメン出場。22本塁打を放ち、新人王を獲得した。83年には初めて打率3割を記録し巨人の優勝に貢献してMVPに選ばれた。86年9月24日、広島・津田恒実の直球をファウルした際、左手首を骨折、残り試合を欠場した。

 87年、88年は連続して3割30本を記録したが、左手首の痛みとともにアキレス腱痛にも悩まされた。95年引退。99年、長嶋監督のもと、巨人の野手総合コーチに就任し球界復帰し、2000年にはヘッドコーチ昇格。01年勇退した長嶋監督の後任として巨人監督に就任。02年「ジャイアンツ愛」をキャッチフレーズにリーグ優勝。日本シリーズでは西武を相手に無傷の4連勝で日本一となった。03年は3位に終わり、フロントとの確執もあって、監督を辞任した。

 05年堀内恒夫監督がチーム不振により引責辞任。再び監督となる。06年は4位。07年は大接戦のペナントレースを制したが、クライマッックス・シリーズ(CS)のセカンド・ステージで中日に3連敗を喫し、日本シリーズ出場を逃した。08年は一時13・5ゲーム差をつけられた阪神を逆転してリーグ優勝。CSも勝ち上がり日本シリーズに進んだが、西武に3勝4敗で敗退した。

 2009年WBC監督選考で既定路線だった北京五輪監督の星野仙一が世論の逆風を浴びて辞退。日本代表監督を要請され、監督就任。「侍ジャパン」をキャッチフレーズに、決勝で韓国を5−3で破りWBC2連覇を果たした。(西村欣也)

解説文は4月20日更新

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