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01月17日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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中原誠

  • 中原誠(なかはら・まこと)  1947年9月2日生まれ。宮城県塩釜市出身。故・高柳敏夫名誉九段門下。
     65年にプロ四段。72年の第31期名人戦で、13連覇中の大山康晴名人に挑戦。4勝3敗で初めて名人を獲得した。以後、9連覇を達成(5連覇で十六世名人の永世称号資格を獲得)。その後も五冠王になるなど棋界のトップに君臨。「棋界の太陽」と称され、大山の後継者として「中原時代」を築いた。
     居飛車党の本格派で、自然な指し手で相手の得意戦法を堂々と受けて立つ棋風は「自然流」と呼ばれた。加藤一二三、米長邦雄、内藤國雄らと名勝負を繰り広げ、タイトル獲得数は歴代3位の計64期(名人15期、十段11期、王位8期、王座6期、棋王1期、王将7期、棋聖16期)。十六世名人、永世十段、永世王位、名誉王座、永世棋聖の永世・名誉称号をもつ。79年の名人戦で米長を相手に指した「▲5七銀」は昭和将棋史に残る妙手と言われている。
     2000年、名人在位を含めて連続29期在籍したA級から陥落。B級1組で2期指した後、フリークラスに転出した。03~05年に日本将棋連盟会長を務め、09年、現役引退。生涯成績は1308勝782敗。

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  • 順位戦と永世名人(2009年03月07日 朝刊)

    順位戦はA級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5クラスに分かれ、1年かけてリーグ戦で昇降級を競い、A級の優勝者が名人に挑戦する。約70年前に名人戦が始まってから、名人になったのは12人。通算5期獲得すると「永世名人」を名乗る資格を得る。これまで故木村義雄十四世名人は2度目に名人位を失った時に引退し、故大山康晴十五世名人はA級在位のまま死去した。00年に中原誠十六世名人(61)が初めて陥落して話題になったが、B級1組で2年指した後、順位戦に参加しないフリークラスに転出した。A級には現在、谷川九段のほかに、十八世名人の森内俊之九段(38)、十九世名人の羽生名人(38)がいる。

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  • 「囲碁があって今の人生」=昨年12月16日、東京都千代田区の日本棋院「幽玄の間」、飯塚晋一撮影
  • 羽生善治三冠との対局に臨む藤井聡太四段=東京都渋谷区、AbemaTV提供
  • 渡辺竜王(左)に勝ち、永世七冠を達成した羽生棋聖=5日、鹿児島県指宿市、堀英治撮影
  • 渡辺明竜王(左)に勝ち、永世七冠を達成した羽生善治棋聖=5日午後4時58分、鹿児島県指宿市、堀英治撮影
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  • 佐賀と将棋の意外な関係
  • 羽生善治棋聖
  • 本図
  • 主な戦法/棋士のタイプ<グラフィック・宮嶋章文>
  • 29連勝を祝う将棋盤のパネルを持つ藤井聡太四段=6月26日、東京都渋谷区の将棋会館、遠藤啓生撮影
  • 祭壇には日本棋院から贈られた囲碁の八段免状も飾られた=東京都渋谷区
  • 1958(昭和33)年2月28日付朝日新聞東京本社版朝刊9面。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。記事を文字起こしした【当時の記事】が【解説】の後ろにあります。レイアウトの都合上、一部加工している画像もあります
  • 柳瀬さんの妻、由美子さんは「見えないくらい遠くを走っている人だったが、いつもそばにいてくれた」
  • 手を振って会見場をあとにする加藤一二三九段=角野貴之撮影
  • 手を振って会見場をあとにする加藤一二三九段=30日午後3時27分、東京都渋谷区、角野貴之撮影
  • 本図  
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