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08月24日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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古墳時代

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  • 上円下方墳(2009年04月14日 朝刊)

    古墳時代の終末期に築造。正方形の墳丘の上に円形の墳丘が乗った形の古墳で、埋葬者は極めて身分の高い人物だったと推定されている。武蔵府中熊野神社古墳は7世紀中頃に造られ、03年に上円下方墳と確認された。下の方形部は一辺約32メートルと同約24メートルの2段で、円形部は直径約16メートル。野地久保古墳は、下方部が一辺約16メートル、上円部が直径約10メートル。築造は7世紀中頃から8世紀初頭とみられる。

  • 陵墓(2010年11月16日 朝刊)

    天皇や皇喉皇太后を葬った「陵(みささぎ)」と、それ以外の皇族の「墓」などからなり、合計850。他に被葬者を特定できないが陵墓の可能性がある「参考地」が46ある。皇室用財産として宮内庁が管理する。明治憲法公布直後の1889年に古墳時代の天皇陵がすべて定まり、その後の変更はない。

  • 巴形銅器(2009年11月27日 夕刊)

    円形の胴体からつめのような複数の脚が放射状に生えた青銅器。弥生時代後期から古墳時代中期にかけてみられ、弥生時代の有力者の墓から副葬品としても見つかっている。古墳時代のものは木盾につけた装飾品とみられている。独特の形が何を模したかについては、南海産貝のスイジガイの外形、ゴホウラという貝の断面模様、太陽など諸説ある。権威の象徴のほか、邪悪なものを払う性格も指摘されている。

最新ニュース

兵庫)23の木棺墓確認 新温泉町の和泉谷・津原古墳群(2017/8/24)

 新温泉町の和泉谷・津原古墳群で、古墳時代前期から後期にかけての古墳10基から23基の木棺墓が見つかった。県教委と新温泉町教委が23日、調査結果を発表した。一つの木棺に3人を埋葬したとみられる木棺墓も[続きを読む]

古墳時代をコトバンクで調べる

写真

  • 埋葬時に枕に使われたとみられる土器が出土した1号墳
  • 古墳時代後期の大型埴輪(はにわ)を見学する親子連れ=松戸市
  • 土馬(手前)などが並ぶパワースポット展の企画展示室=名張市安部田
  • 「ポケット学芸員」の画面。作品番号を入力すると解説が表示される=埼玉県立近代美術館
  • 戦争末期には、掘削に適しているなどとして、穴を崩し、地下軍需工場も造られた=埼玉県吉見町、時津剛撮影
  • 戦争末期には、掘削に適しているなどとして、穴を崩し、地下軍需工場も造られた=埼玉県吉見町、時津剛撮影
  • 「ポケット学芸員」の画面。作品番号を入力すると解説が表示される=埼玉県立近代美術館
  • 古墳の大きさ(墳丘長)ベスト10
  • 広瀬和雄さん
  • レキシを起用したJR山手線の車両広告(推進本部会議提供)
  • 開陽丸の遺物の展示
  • 一本杉遺跡(手前)の全景(横手市教委文化財保護課提供)
  • 根冷古墳から出土した6世紀の貝入り坏=名張市安部田
  • 瀬田遺跡から出土した脚付きの編みかご=21日、奈良県橿原市、加藤諒撮影
  • 瀬田遺跡から出土した脚付きの編みかご=21日午前、奈良県橿原市、加藤諒撮影
  • 「渋野丸山古墳」の遠景(徳島市渋野町、市教育委員会提供)
  • 入の沢遺跡の全景=県教委提供
  • 高久健二さん

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