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02月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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国家主席

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  • 習近平国家主席を批判した公開書簡(2016年03月29日 朝刊)

    3月4日、新疆ウイグル自治区政府系のニュースサイト「無界新聞」に「忠実な共産党員」の名前で「党や国を率いる能力がない」などと習氏の辞任を求める書簡が掲載された。中国メディアに国家指導者の批判が載ることは極めて異例。

  • チベット動乱(2009年03月11日 朝刊)

    50年前に起きた、ダライ・ラマ14世のインド亡命につながったチベットの民衆蜂起。51年の中国軍によるラサ進駐後、50年代後半から社会主義的改革に反発する武装蜂起が続発した。59年3月10日、ダライ・ラマに対する軍の観劇招待を拉致の策略とみたラサ市民ら数万人が集結して軍と衝突。反乱を鎮圧した中国政府は28日に統治権確立を宣言した。インドに逃れたダライ・ラマらによる亡命政権は3月10日を「民族蜂起記念日」としている。胡錦濤国家主席が自治区党委書記だった89年3月のほか、昨年3月にもラサなどで僧侶や市民による大規模な抗議行動が起きた。チベット民族は中国ではチベット自治区のほか青海、四川、甘粛、雲南各省に住む。中国以外ではブータン、ネパール、インドにまたがる。

  • ファン・ボイ・チャウと東遊運動(2005年11月04日 朝刊)

    フランスの植民地支配打破を唱えたチャウは、武器援助を求めるため来日した1905年、日露戦争における日本の勝利を目の当たりにし、強い刺激を受ける。しかし、面会した犬養毅や大隈重信らは、日本政府が武器援助することは無理だと伝え、「人材育成を」と説得する。これを受けてチャウは、優秀な人材を日本へ留学させる東遊運動を始めた。約200人が来日したが、07年に締結された日仏協約を受け、フランスはベトナム人留学生の送還を日本政府に要求。日本政府も留学生らに退去を求め、運動は挫折した。チャウは25年、上海で仏当局に逮捕され、フエに幽閉。40年10月、失意のなかで72年の人生を終えた。日本軍がベトナムに進駐した直後だった。チャウの思想は同郷のホー・チ・ミン元国家主席に受け継がれたとされる。

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中国、異形の技術革新 個人情報も「どうせ人の手に…」(2018/2/18)

 安い労働力を売りに「世界の工場」と言われた中国は、今やイノベーション(技術革新)で世界の最前線の様相を見せる。背景には技術者や起業家の奮闘に加え、独自の政治環境もある。異形の発展を遂げる中国式「創新…[続きを読む]

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