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01月17日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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大山康晴

  • 大山康晴(おおやま・やすはる)  1923年3月13日生まれ。岡山県倉敷市出身。故・木見金治郎九段門下。
     40年にプロ四段。52年、第11期名人戦で木村義雄十四世名人を破って初の名人獲得。以来、5連覇して十五世名人の永世称号資格を得た。57年、「終生のライバル」である兄弟子・升田幸三実力制第四代名人にその座を奪われたが、2年後に奪還すると、ここから13連覇。加藤一二三、二上達也ら挑戦者たちを寄せ付けなかった。この間、62年には初の五冠王(名人・十段・王将・王位・棋聖)にもなり、「受けの達人」として一時代を築いた。「助からないと思っても助かっている」など、受けにまつわる名言も多い。
     名人通算18期は歴代最多。タイトル獲得数は2位の通算80期。十五世名人、永世十段、永世王位、永世棋聖、永世王将の五つの永世称号をもつ。
     76~89年に日本将棋連盟会長を務めた。東西の将棋会館の建設にも尽力した。90年には将棋界初の文化功労者。晩年はがんと闘いながらも現役を貫き、92年、A級在籍のまま69歳で死去。勝ち星は歴代1位の1433勝(781敗)。名人・A級に連続44期在籍も最長記録。

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  • 順位戦と永世名人(2009年03月07日 朝刊)

    順位戦はA級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5クラスに分かれ、1年かけてリーグ戦で昇降級を競い、A級の優勝者が名人に挑戦する。約70年前に名人戦が始まってから、名人になったのは12人。通算5期獲得すると「永世名人」を名乗る資格を得る。これまで故木村義雄十四世名人は2度目に名人位を失った時に引退し、故大山康晴十五世名人はA級在位のまま死去した。00年に中原誠十六世名人(61)が初めて陥落して話題になったが、B級1組で2年指した後、順位戦に参加しないフリークラスに転出した。A級には現在、谷川九段のほかに、十八世名人の森内俊之九段(38)、十九世名人の羽生名人(38)がいる。

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宮城)囲碁棋士・一力遼さん 絶対王者の背中見えた(2018/1/1)

 日本棋院「幽玄の間」。今、記者の目の前にあの一力遼八段(20)がいる。しかも碁盤を挟んでだ。穏やかで朗らかな表情にも、メガネの奥からは鋭い眼光がのぞく。笑顔のすてきな好青年が、碁石を持った途端、オー…[続きを読む]

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写真

  • 「囲碁があって今の人生」=昨年12月16日、東京都千代田区の日本棋院「幽玄の間」、飯塚晋一撮影
  • 渡辺竜王(左)に勝ち、永世七冠を達成した羽生棋聖=5日、鹿児島県指宿市、堀英治撮影
  • 渡辺明竜王(左)に勝ち、永世七冠を達成した羽生善治棋聖=5日午後4時58分、鹿児島県指宿市、堀英治撮影
  • 萩本欽一さん
  • 本図
  • 佐賀と将棋の意外な関係
  • 羽生善治棋聖
  • 図・▲5八飛まで
  • 1960年2月1日朝日新聞朝刊 (C)長谷川町子美術館
  • 豊島将之八段
  • 関西将棋会館の棋士室。指し終えて時計を止めると、相手のカウントが始まる=大阪市福島区
  • 1958(昭和33)年2月28日付朝日新聞東京本社版朝刊9面。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。記事を文字起こしした【当時の記事】が【解説】の後ろにあります。レイアウトの都合上、一部加工している画像もあります
  • 井上慶太九段の教室で、井上九段の質問にすばやく反応する子どもたち=兵庫県加古川市
  • 自身の28連勝について「何度か危ない局面もあった」と話す神谷広志八段=浜松市中区
  • 本図
  • 佐藤天彦名人=6日、堀英治撮影
  • 着手した佐藤天彦名人を見つめる塩田武士さん(奥)=27日午後1時30分、岡山県倉敷市、加藤諒撮影
  • 大山康晴15世名人が眠る墓に手を合わせる佐藤天彦名人(左)と稲葉陽八段=倉敷市西阿知町
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