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04月22日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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太平洋戦争

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  • 太平洋戦争(2015年12月08日 朝刊)

    1941年12月8日〜45年8月15日、日本軍と米英などの連合国軍の間で繰り広げられた。日本軍による真珠湾(米ハワイ)への奇襲攻撃で始まり、無条件降伏などを求める「ポツダム宣言」を受諾して終わった。太平洋戦争は米国が名づけたもので、日本国内では中国との戦争も含めて「大東亜戦争」とされた。厚生労働省によると、37年に始まった日中戦争以降で約230万人の日本の軍人・軍属、約80万人の民間人が亡くなった。

  • 太平洋戦争とキスカ島(2009年03月13日 夕刊)

    太平洋戦争が開戦した翌年の1942年6月、日本は米アラスカ州・アリューシャン列島に艦隊を進め、アッツ島とキスカ島を攻略・占領した。同時に始めたミッドウェー作戦から米側の注意をそらしたり、日本本土空襲への足場を奪ったりすることが目的だったとされる。日本軍上陸に対し、米軍は猛反撃し、43年5月、日本軍はアッツ島で壊滅。同7月には、キスカ島からも撤退を余儀なくされた。

  • 太平洋戦争とフィリピン(2015年08月05日 朝刊)

    日本軍は真珠湾攻撃後の1941年12月、資源などを日本に運ぶ海上輸送路を確保する狙いでマニラに侵攻、翌年4月にはマニラ西方のバターン半島も陥落させた。多くの米比軍の兵士らを捕虜収容所まで長時間歩かせた行為は「バターン死の行進」と呼ばれ、国際的な批判を受けた。奪還を目指す米軍は44年10月、レイテ島に上陸。45年2月にはマニラに攻め入り、日本軍と大規模な市街戦となった。日本軍は6月までに各地の主力部隊が壊滅した。フィリピンでの日本人戦没者の総数は約52万人に及ぶ。

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