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12月17日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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山一証券

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  • 山一証券(2009年01月18日 朝刊)

    1897年に創業し、4大証券の一角を占めたが、1997年11月に経営破綻(はたん)した。顧客の損失を引き取り、帳簿に載せずに隠していたことが発覚。経営難に陥った。大蔵省(現財務省)の証券局長が自主廃業を迫ったとされる。99年、東京地裁が破産宣告。05年に破産手続きが終了し、姿を消した。同社に対する日本銀行の特別融資1111億円が焦げ付いた。

  • 山一証券の破綻(2017年11月24日 朝刊)

    山一は1897年創業で、野村、大和、日興とともに「4大証券」の一角だった。1965年の証券不況での経営悪化から立ち直ったが、バブル崩壊で再び悪化。97年8月に総会屋問題を起こし、直後に顧客の有価証券の含み損を隠す「飛ばし」による約2600億円の簿外債務が表面化。11月に自主廃業を決めた。9月時点の従業員は約7500人。2005年に破産手続きが終了。日本銀行が行った特別融資のうち1100億円超が焦げ付き、事実上の国民負担となった。

  • 拓銀の破綻と日本経済(2017年11月11日 朝刊)

    北海道拓殖銀行は、北海道拓殖銀行法に基づき、1900年に開拓資金の供給を目的にした国策銀行として開業。55年には都市銀行に転換し、全盛期は、道内を地盤とし、首都圏や関西、香港、ニューヨーク、ロンドンなどにも支店を置いた。バブル期の過剰な貸し付けが不良債権となり、90年代後半には経営危機に。97年11月17日に都銀として初めて経営破綻(はたん)し、98年の歴史に幕を閉じた。この時期には、四大証券の一角、山一証券や日本長期信用銀行(現新生銀行)などの大手金融機関が執につぶれ、金融危機を引き起こした。拓銀破綻をきっかけに「大手行でもつぶれる」という認識が広がり、破綻による金融や経済への大きな影響を最小限に抑えるための一時国有化など、不安の連鎖を防ぐ仕組みが整備された。都銀は三つのメガバンクに集約され、不良債権問題がほぼ解決するまでに10年近い歳月を要した。拓銀破綻は道民の記憶にも深く刻まれている。「北海道150年」の大きなニュース150を対象にした、朝日新聞とHTB北海道テレビ放送の共同企画「あなたと選ぶ重大ニュース」では、4位にランクインした。

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