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07月31日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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広島平和記念資料館

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  • 広島平和記念資料館(2014年05月28日 朝刊)

    1955年に開館した本館(国指定重要文化財)と、94年開館の東館からなる。75、91年に大規模改修が実施され、「被爆体験を次世代にわかりやすく伝える」などを目的に2010年、3回目の大規模改修の基本計画が策定された。東館は今年3月から改修を始め、9月から16年春まで閉館。本館はその後に閉館し、18年春の全面リニューアルを目指す。

  • 原爆孤児(2010年08月04日 夕刊)

    終戦直前、広島市の国民学校に通う児童のうち、3年生以上の2万数千人が郡部へ集団疎開していた。広島平和記念資料館によると、両親や保護者を失った児童は2千〜6500人と言われているが、実態は把握されていない。疎開児童を残して一家が全滅した例も多い。自身も市内で被爆し、家族を失った孤児もいた。

  • 語り部(2012年08月05日 朝刊)

    広島平和記念資料館が1983年から被爆体験証言者として登録。現在33人おり、平均年齢は80・21歳(4月現在)。このほか独自に語り部活動をしている団体も多い。一方、広島市教委が2010年、小中高生にアンケートしたところ、広島に原爆が落とされた日時を正確に答えられたのは、小学4〜6年で33%(1995年は56%)、中学生で56%(同75%)。答えられない子どもが増えている。

最新ニュース

1945年8月に撮影された「エノラ・ゲイ」の主な乗務員。右から2人目がバンカークさん=米国公文書館提供

原爆投下の「エノラ・ゲイ」最後の乗員、バンカークさん死去(2014/07/30)

 広島に原爆を投下した米軍爆撃機「エノラ・ゲイ」の航空士だったセオドア・バンカークさんが28日、米ジョージア州ストーンマウンテンで死去した。93歳だった。原爆投下時の12人の乗務員のうち、最後の生存者[続きを読む]

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写真

  • 1945年8月に撮影された「エノラ・ゲイ」の主な乗務員。右から2人目がバンカークさん=米国公文書館提供
  • 被爆から数カ月後の市内。昨年度の渡米調査で入手した。奥には原爆ドームも見える=広島平和記念資料館提供、米国立公文書館所蔵
  • 被爆して亡くなった姉のブラウスを寄贈した萩本トミ子さん(手前)。聞き取り調査中、何度もブラウスに手を添えた=広島市中区
  • ドリス・サルセドさん
  • 「広島がここまで平和都市になっているとは知らなかった」と語るドリス・サルセドさん=広島市中区、青山芳久撮影
  • 幼い頃の久野正憲さん(中央)の家族写真。右が手紙を残して戦死した父・正信さん
  • 作品について話すアートディレクターの井上嗣也さん=広島市中区
  • なかにし礼さん
  • 漫画「原爆に遭った少女の話」の一場面。原爆投下直後の広島市内=作者提供
  • 御幸橋西詰めで体験を語る坪井直さん。後方の写真パネルには、被爆当時の自身の姿が写っている=広島市中区、青山芳久撮影
  • 倍賞千恵子さん
  • 倍賞千恵子さん=東京都中央区、西田裕樹撮影
  • 改修後のイメージ。廃虚となった広島の写真の前に資料などを並べる
  • 改修後の本館導入部のイメージ。原爆投下後の惨状をパノラマ写真で示す=広島平和記念資料館提供
  • 原爆死没者名簿の風通しをする市職員ら=広島市中区、青山芳久撮影
  • 改修後のイメージ。やけどを負った人や遺体の写真を集合展示する=広島平和記念資料館提供
  • 香川県立体育館=高松市福岡町2丁目
  • 畠山直哉「内藤礼 タマ/アニマ(わたしに息を吹きかけてください)2013 広島県立美術館」#01=Courtesy of Taka Ishii Gallery and Gallery Koyanagi

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