メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

06月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

日本原水爆被害者団体協議会

関連キーワード

  • 空白の10年(2009年09月09日 朝刊)

    終戦直後の45年9月に占領軍が出したプレスコードにより原爆に関する報道は規制された。被爆者への援護策は講じられず、差別や病気への不安に苦しんだ被爆者は多い。50年代から被爆者の間で援護を求める運動が始まり、56年に日本原水爆被害者団体協議会を結成。翌年に原爆医療法が制定された。7月末に刊行された「『空白の十年』被爆者の苦闘」には、広島の被爆者71人の手記が収められている。この時期の被爆者に関する資料集は珍しく、偏見や差別に苦しんだ経験を打ち明けた人が目立つ。坪井理事長自身も、周囲の反対で結婚を7年間も待ち、2人で睡眠薬を飲んで自殺を図った思い出を記した。「遺言だと思って初めて書いた。あの10年間は被爆者が生きてきた原点。平和に少しでも関心を持つ人に読んでほしい」と訴える。B5判207ページ。非売品で、全国の被爆者団体などに配布。問い合わせは広島県被団協(082・241・7226)へ。

  • 被団協(2014年08月07日 朝刊)

    被爆者の全国組織の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に加盟する被爆者団体。43都道府県にある。東京の「東友会」のように名称が異なる団体も含まれる。山形、滋賀、奈良は後継者不足で解散・休止。徳島は活動方針の違いから脱退した。こうした団体とは別に、日本被団協に加盟せずに被爆体験の継承や核廃絶活動に取り組む被爆者団体もある。

  • 福島県原爆被害者協議会(2012年08月04日 朝刊)

    1958年、広島や長崎で被爆した48人で創設。同郷の戦友による親睦団体の性格が濃く、会の存在を知らない被爆者もいた。68年ごろ休眠。83年に日本原水爆被害者団体協議会の要請を受け、星埜惇さんを事務局長に再建、活動を広げた。会員は最大で176人を数えたが、現在は県外避難者も含めて82人。

最新ニュース

日本被団協代表委員に田中さん(2018/6/15)

 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の定期総会が14日、東京都内であり、長崎で被爆した田中重光さん(77)=長崎市=が代表委員に選ばれた。…[続きを読む]

写真

  • 朝鮮戦争開戦当時の思いを語る金英さん=東京都町田市
  • 核兵器禁止条約の署名式典で、各国が署名する度に拍手を送る田中熙巳さん=2017年9月20日午前8時42分、米ニューヨーク、真野啓太撮影
  • 田中熙巳さん=2017年9月13日、さいたま市、真野啓太撮影
  • 長野では被爆者を中心に地元の原水協や原水禁も協力して「ヒバクシャ国際署名」の活動が進められている=2017年6月、岡林佐和撮影
  • 核兵器廃絶をめぐる動き
  • 国内外で公開されるノーベル平和賞のメダルと賞状(ともにレプリカ)=2018年5月2日午後、東京都新宿区、清水大輔撮影
  • 平和賞のメダル(レプリカ)を手にする田中熙巳さん(右)
  • 講演で核廃絶を訴える被爆者の藤森俊希さん=福井市大手2丁目
  • 核兵器禁止条約への参加を求める要請文を岡本三成・外務政務官(右)に手渡す日本被団協代表委員の田中熙巳さん(左)と核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表の森滝春子さん=2018年4月13日午後、東京都千代田区、清水大輔撮影
  • 坪井直さん=5日、広島市役所、上田幸一撮影
  • 激励に駆けつけた俳優の天野鎮雄さん=清須市
  • 壇上で話す(左から)田中熙巳さん、川崎哲さん、聞間元さん=高知市本町3丁目
  • ノーベル平和賞授賞式があったノルウェーからの帰国会見に臨むICAN国際運営委員の川崎哲さん(左)と日本被団協代表委員の田中熙巳さん=昨年12月、東京都渋谷区

WEBRONZA・WEB新書の検索結果

!

親子でクイズに挑戦しよう!「しつもん!ドラえもん」をリニューアル

!

就活生のための「朝デジ就活ナビ」をオープンしました

注目コンテンツ