メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

02月26日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

日本原水爆被害者団体協議会

関連キーワード

  • 空白の10年(2009年09月09日 朝刊)

    終戦直後の45年9月に占領軍が出したプレスコードにより原爆に関する報道は規制された。被爆者への援護策は講じられず、差別や病気への不安に苦しんだ被爆者は多い。50年代から被爆者の間で援護を求める運動が始まり、56年に日本原水爆被害者団体協議会を結成。翌年に原爆医療法が制定された。7月末に刊行された「『空白の十年』被爆者の苦闘」には、広島の被爆者71人の手記が収められている。この時期の被爆者に関する資料集は珍しく、偏見や差別に苦しんだ経験を打ち明けた人が目立つ。坪井理事長自身も、周囲の反対で結婚を7年間も待ち、2人で睡眠薬を飲んで自殺を図った思い出を記した。「遺言だと思って初めて書いた。あの10年間は被爆者が生きてきた原点。平和に少しでも関心を持つ人に読んでほしい」と訴える。B5判207ページ。非売品で、全国の被爆者団体などに配布。問い合わせは広島県被団協(082・241・7226)へ。

  • 被団協(2014年08月07日 朝刊)

    被爆者の全国組織の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に加盟する被爆者団体。43都道府県にある。東京の「東友会」のように名称が異なる団体も含まれる。山形、滋賀、奈良は後継者不足で解散・休止。徳島は活動方針の違いから脱退した。こうした団体とは別に、日本被団協に加盟せずに被爆体験の継承や核廃絶活動に取り組む被爆者団体もある。

  • 福島県原爆被害者協議会(2012年08月04日 朝刊)

    1958年、広島や長崎で被爆した48人で創設。同郷の戦友による親睦団体の性格が濃く、会の存在を知らない被爆者もいた。68年ごろ休眠。83年に日本原水爆被害者団体協議会の要請を受け、星埜惇さんを事務局長に再建、活動を広げた。会員は最大で176人を数えたが、現在は県外避難者も含めて82人。

最新ニュース

米の核新戦略に被団協抗議(2018/2/6)

 日本原水爆被害者団体協議会は5日、トランプ米政権が発表した「核戦略見直し」(NPR)について「世界の安全が脅かされる」として、撤回を求める抗議文を発表した。NPRの支持を表明した日本政府にも、米国に…[続きを読む]

日本原水爆被害者団体協議会をコトバンクで調べる

写真

  • 授賞式の感想を話す田中熙巳さん。右手前から藤森俊希さん、川崎哲さん=多摩市関戸4丁目
  • 瑞慶山茂さん=迫和義撮影
  • 新作映画「北の桜守」のロケ地で、共演の阿部寛さんらと=2017年6月19日、北海道稚内市、朝日新聞出版・東川哲也撮影
  •   
  • ノーベル平和賞授賞式があったノルウェー・オスロからの帰国会見に臨む(右から)日本被団協の藤森俊希事務局次長、田中熙巳代表委員、ICAN国際運営委員の川崎哲さん。左端は日本被団協の和田征子事務局次長=15日午後2時40分、東京都渋谷区、太田航撮影
  • 加藤厚労相との定期協議に臨んだ日本被団協や弁護団メンバーら=4日、東京・霞が関
  • ノーベル平和センターで展示されている被爆資料。左から時計回りにかばん、弁当箱、ロザリオ、腕時計=12日午後、オスロ、林敏行撮影
  • オスロで11日、ノーベル平和賞コンサートで、「被爆ピアノ」を演奏しながら歌うジョン・レジェンドさん(右)
  • オスロで11日、ノーベル平和賞コンサートで、「被爆ピアノ」による演奏を終えたジョン・レジェンドさん(右)=林敏行撮影
  • ノーベル平和賞を受賞したICANを祝福する横断幕を手に、晩餐(ばんさん)会の会場があるホテル前まで行進する市民やNGO関係者ら=10日午後、オスロ、林敏行撮影
  • ノーベル平和賞の授賞式でサーロー節子さんの演説を聴く、被団協の田中熙巳代表委員(左上)と藤森俊希事務局次長(右)=10日午後、オスロ、林敏行撮影
  • ノーベル平和賞の授賞式が開かれるノルウェー・オスロに8日午後、到着したピースボート主催の被爆者ツアー参加者=林敏行撮影
  • 授賞式への招待状を示す日本被団協の田中熙巳代表委員と藤森俊希事務局次長(左)=東京都港区
  • ノーベル委員会から届いた授賞式への招待状を示す日本被団協の田中熙巳代表委員(中央)と藤森俊希事務局次長(左)=4日午後1時ごろ、東京都港区、宮崎園子撮影
  • ベアトリス・フィン事務局長

WEBRONZA・WEB新書の検索結果

!

就活生のための「朝デジ就活ナビ」をオープンしました

!

アプリで1日ごとの紙面データ削除が可能に

注目コンテンツ