メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

08月19日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

日本軍

関連キーワード

  • 沖縄戦の日本軍(2013年06月23日 朝刊)

    1945年3〜6月の沖縄戦で沖縄守備にあたった第32軍は、戦闘を長びかせることで米軍の本土上陸を遅らせる作戦をとった。沖縄本島と離島を合わせた兵員は約11万人。米軍は約55万人と圧倒的な差があった。戦死者は米軍が約1万2500人で、日本軍は約9万4千人(うち沖縄県民の軍人軍属は約2万8千人)に上った。45年6月23日に日本軍の組織的戦闘は終結した。

  • 日本軍の毒ガス兵器被害(2015年08月01日 夕刊)

    日本軍は猛毒のイペリット(マスタードガス)などの毒ガス兵器を中国に持ち込み、終戦時に地中や川に遺棄。戦後、建設工事や農作業などをしていた住民らが漏れ出した有毒物質に触れて死傷する事故が各地で起きた。

  • 日本軍の連合国軍捕虜(2015年08月12日 朝刊)

    防衛省防衛研究所などによると、太平洋戦争中に日本軍が捕らえた捕虜と衛生兵は約16万8千人。アジアの占領地で鉄道や道路の建設に従事させ、一部は日本に連行して炭鉱や造船所で働かせた。飢えや虐待などで少なくとも3万8千人が死亡したとされる。戦後、虐待に関わった軍人らは戦犯裁判で追及され、死刑判決も多く下された。POW研究会によると、1990年代以降、元捕虜が日本政府や企業を相次いで訴えたが、すべて退かれた。三菱マテリアルは7月、鉱山で労働を強いた米国人捕虜や遺族に対し、初めて公式謝罪した。

最新ニュース

長野)佐久で戦争展 被害者や兵士らの写真展も(2017/8/19)

 戦争の体験を次世代に語り継ごうと毎夏開かれている「平和のための信州・戦争展in佐久」が18日、佐久市の野沢会館で始まった。今回は、御代田町在住のフォトジャーナリスト山本宗補さん(64)が戦争体験者を[続きを読む]

写真

  • 日本やアジアで戦争を体験した人々を撮影してきたフォトジャーナリストの山本宗補さん=佐久市の野沢会館
  • 太平洋戦争中に撮った家族写真では、渡辺文雄さん(後列左から2人目)と長男の徹さん(前列左から2人目)が一緒に写っている(渡辺徹さん提供)
  • 襲撃事件のあった台湾の総統府の入り口で警戒する憲兵ら。床にヘルメットが転がっていた=18日午前10時57分、台北、西本秀撮影
  • 平和の礎には「○○の子」「○○の孫」「○○の母」などと、名前がわからない死者たちも刻銘されている=沖縄県糸満市
  • 「我々は物乞いではない。名誉を回復してほしい」=池永牧子撮影
  • 新たに刊行された沖縄県史(手前と左上)と本土復帰前後にまとめられた沖縄戦記録(右上の2冊)
  • ベトナム戦争の経験を語るグエン・タン・フエンさん
  • 「追悼之碑」に献花する戦没者慰霊祭の参加者ら=15日、タイ北部チェンマイ郊外、貝瀬秋彦撮影
  • 空襲の跡が残る終戦直後の前橋市中心部。現在の群馬銀行前橋支店辺りから千代田通りを望む。現在のアーツ前橋付近は畑だった=1945年10月10日、米国立公文書館所蔵、福林徹氏提供
  • フルートを演奏する後藤晴美さん=水戸市袴塚3丁目
  • 「追悼之碑」に献花する戦没者慰霊祭の参加者ら=15日、タイ北部チェンマイ郊外、貝瀬秋彦撮影
  • 暗号班の体験を語る溝田政行さん=福岡県八女市
  • クアラルンプールで15日に開かれたアジア・太平洋戦争の犠牲者追悼式典=守真弓撮影
  • 会場に向かう芹ケ野春海さん。車いすを押すのは長男の憲一さん=15日午前10時7分、東京都千代田区、西畑志朗撮影
  • 第11回平和のつどい(千曲市男女共同参画推進連絡協議会主催)で講演する清水英男さん=千曲市、7月22日
!

紙面イメージの「地域面」がさらに充実したものになりました

!

デジタルコース・ダブルコースもドコモケータイ払いに対応しました

注目コンテンツ