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08月17日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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河野洋平

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  • 河野談話(2014年08月28日 朝刊)

    韓国の元慰安婦らが1991年、日本政府に補償を求めて提訴したことなどを受け、日本政府は調査を始めた。92年7月には当時の加藤紘一官房長官が調査結果をまとめて発表したが、内容が不十分だとの声が上がり、国内のみならず海外にも調査を拡大。93年8月に宮沢内閣の河野洋平官房長官が公表した。談話は、慰安所について「当時の軍当局の要請により設営された」とし、慰安所の設置や管理、慰安婦の移送に「旧日本軍が直接あるいは間接に関与した」と認めた。

  • 政治改革(2013年06月11日 朝刊)

    リクルート事件をきっかけに自民党が1989年に政治改革大綱を決定、小選挙区比例代表制導入と派閥解消を打ち出した。宮沢喜一首相は93年5月、選挙制度改革を含む政治改革関連法案について「この国会でやるんです。うそをついたことはない」と宣言。だが自民党内の反対論が強まり、法案成立は困難となった。93年6月18日、宮沢内閣不信任案が可決され、宮沢首相は衆院を解散。自民党は分裂し、新生党、新党さきがけが誕生した。非自民8党派による細川連立政権が発足。細川内閣は9月、中選挙区制を廃止し、小選挙区比例代表並立制を導入する公職選挙法改正案を提出。94年1月、細川護熙首相と河野洋平自民党総裁による会談で、小選挙区300、比例区200で修正合意し、成立した。

  • 慰安婦問題(2013年10月13日 朝刊)

    旧日本軍の要請などにより各地に慰安所が設けられた。加藤紘一官房長官は92年7月、政府の関与を認める調査結果を発表。河野洋平官房長官は93年8月の談話で「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と認めた。

最新ニュース

「太郎外交」武器は英語力 通訳なし、まず信頼関係構築(2017/8/8)

 東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議のためフィリピンの首都マニラを訪れていた河野太郎外相は8日、一連の日程を終え、帰国の途に就いた。会談相手から父・河野洋平元外相と比べられるなど、存在を感じ[続きを読む]

河野洋平をコトバンクで調べる

写真

  • フィリピンのマニラ首都圏で8日、同国のドゥテルテ大統領(右)と会談する河野太郎外相(左から2人目)=AFP時事
  • マニラで7日、ASEANと日中韓の外相会議に参加する中国の王毅外相(左)と河野太郎外相(中央)=AP
  • マニラで7日、ASEANと日中韓の外相会議に参加する中国の王毅外相(左)と河野太郎外相=AP
  • 河野親子の憲法、慰安婦発言
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  • 河野太郎外相
  • 共産党の穀田恵二国会対策委員長(右から2番目)と二階俊博自民党幹事長(左)ら
  • 山崎裕人さん=東京都中央区、堀英治撮影
  • カンボジア総選挙の日本人選挙監視要員の安全確保と自衛隊の対応について質問を受ける宮沢喜一首相(左下)=93年5月21日、衆院予算委員会
  • 河野洋平氏
  • 講演する河野洋平元衆院議長=5月31日午後、東京・内幸町、松井望美撮影
  • 沈黙する自民党
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