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09月24日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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長崎原爆

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  • 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(2015年07月29日 朝刊)

    原爆犠牲者を追悼し、被爆体験を継承するため、2003年に開館した施設。遺影や被爆体験記の収集・保存、体験記の朗読ボランティア育成にも取り組む。14年度までに約115万人が訪れた。体験記の寄贈などの問い合わせは同館(095・814・0055)まで。

  • 被爆2世(2011年08月04日 朝刊)

    広島、長崎原爆被爆者の子で、数十万人ともいわれる。被爆者には被爆者援護法に基づく被爆者健康手帳が交付され、医療費の本人負担分が原則免除されたり、特定の病気にかかって申請すれば、健康管理手当が受給できたりする。2世への国の施策は健康診断のみ。一部の自治体は、特定の病気を治療した場合、医療費を助成している。

  • 鷹来工廠(2016年08月20日 朝刊)

    1939年の名古屋陸軍造兵廠鳥居松製造所(鳥居松工廠)に続き、41年に創設された。地元や中部地方を中心に徴用工、動員の学生など約4千人が働いた。終戦前日の45年8月14日、両工廠には長崎原爆と同じ1万ポンド(4・5トン)の「模擬原爆」が投下された。

最新ニュース

写真・図版

長崎)核禁条約推進国と意見交換 NYで田上市長ら(2017/9/23)

 核兵器禁止条約の署名式に出席するため、米ニューヨークを訪れた田上富久・長崎市長らは滞在中、条約の制定を後押ししてきた国々の大使らと意見を交わした。核兵器の廃絶に向け、被爆地はこれからどういった役割を…[続きを読む]

写真

  • 核兵器禁止条約の署名式典。各国の代表らがサインするたびに会場は拍手に包まれた=20日、米ニューヨークの国連本部、真野啓太撮影
  • 亡くなった谷口稜曄さんと土山秀夫さんの写真を持って参加した(前列左から)田上富久・長崎市長、野口達也・長崎市議会議長、朝長万左男・日本赤十字社長崎原爆病院名誉院長=20日、米ニューヨークの国連本部、真野啓太撮影
  • 田上富久・長崎市長
  • 谷口稜曄さんらの証言映像がモニターで上映されている=長崎市の長崎原爆資料館
  • 今年6月、核兵器禁止条約の交渉会議にあわせて渡米し、ニューヨーク市内を行進した。前列左から4人目が和田さん
  • ベトナムで初めての原爆展を前に、森田博満さんは「原爆の悲惨さをストレートに伝えたい」と記者会見で語った=7月、長崎市役所
  • 北朝鮮による核実験の爆発規模
  • 聖フランシスコ病院の敷地内から見つかった赤いれんが積み=5日、長崎市小峰町、田中瞳子撮影
  • 土山秀夫さんの語録
  • 首相官邸に入る小野寺五典防衛相(右)=3日午後4時49分、池田良撮影
  • 土山秀夫さんは、長崎原爆資料館の見学に訪れた米国のキャロライン・ケネディ駐日大使(当時)と握手し、言葉を交わした=2013年12月、長崎市
  • 点字本を寄贈するため長崎市役所を訪れた佐々木浜子さん。田上富久市長(左)と談笑した=長崎市
  • 谷口稜曄さんの葬儀で弔辞を述べた日本被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員=1日午後、長崎市、金子淳撮影
  • 谷口稜曄(すみてる)さんの遺影とともに会見する長女の寺坂澄江さん(左)と長男の谷口英夫さん=31日午後5時23分、長崎市、金子淳撮影
  • ニューヨークであった国際平和地球会議で、被爆で傷を負った自身の写真を見せて証言する谷口稜曄さん=2015年4月
  • 被爆後の自分の写真を手に体験を語る谷口稜曄さん=2010年、長崎市
  • 谷口稜曄さんの歩み
  • 谷口さんの写真を示しながら会見する(左から)平野伸人さん、高校生平和大使の溝口祥帆さん、溝上大喜さん=30日、長崎市大黒町
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スクラップブックの保存可能件数が5,000件に

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紙面イメージの「地域面」がさらに充実したものになりました

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