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12月19日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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震災発生 その時、自治体サイトは

震災自治体サイト

 東日本大震災発生時、被災地の自治体は自らの公式サイトから様々な形で情報を発信していた。福島県はアクセス数の急増に備え文字だけの簡易版を用意。宮城県でも画像などを省き、緊急性の高い情報を目立つ場所に掲載した。一方、震災から3年経ち、これまでの復興の歩みを載せる自治体も出ている。震災時からの自治体HPの変化を、国立国会図書館が収集保存したデータからたどった。

■福島県、アクセス殺到で簡易版用意

  • 震災前、通常のページ構成(2011/1/4時点の福島県庁のサイトから引用)

  • 震災直後、画面上部に赤字で震災情報を表示(2011/3/14時点の福島県庁のサイトから引用)

  • アクセス集中に備え、文字だけの暫定版に移行(2011/3/18時点の福島県庁のサイトから引用)

  • 通常版に復帰、震災情報が目立つ位置に(2011/10/19時点の福島県庁のサイトから引用)

  • 現在のページ(2014/4/3時点の福島県庁のサイトから引用)

 「福島県ホームページ(暫定版)」。真っ白な背景に太字の文字。福島県の公式ホームページが、文字だけになったのは震災発生から数日後だった。当時の対応について県庁広報課は「アクセスが急増して見られない人が出てくる心配があった」と振り返る。

■宮城県、トップページ震災関連で埋める

  • 震災前、通常のページ構成(2011/1/4時点の宮城県庁のサイトから引用)

  • 震災直後、赤い線で囲われた震災情報表示(2011/3/14時点の宮城県庁のサイトから引用)

  • ページ左側のリンク集がなくなる(2011/3/17時点の宮城県庁のサイトから引用)

  • ページ左側のリンク集が復活、震災情報は真ん中に(2012/09/03時点の宮城県庁のサイトから引用)

  • 現在のページ(2014/4/3時点の宮城県庁のサイトから引用)

 宮城県は、地震の発生直後からトップページの半分以上のスペースを震災関連の情報で埋めた。約1週間後の3月17日には、「県政だより」「お役立ち情報」などのリンクを集めたスペースが無くなり、震災関連情報がさらに目立つようになっていた。

■岩手県、直後に相談ダイヤル

 岩手県が発生直後に掲載したのは、津波の行方不明者の安否情報を確かめられる相談ダイヤルの電話番号だった。不通になっている鉄道など交通情報は英語で載せていた。3月20日には、福島県と同じく「暫定版」として、文字情報だけのトップページになっていた。

■双葉町、原発避難の町民へ発信

  • 震災前、通常のページ構成(2011/1/12時点の双葉町のサイトから引用)

  • 災害版に移行、埼玉県に設置した支所の連絡先表示(2011/4/08時点の双葉町のサイトから引用)

  • ページ上部に「避難先届け出のお願い」を表示(2011/5/5時点の双葉町のサイトから引用)

  • フリーダイヤルの問い合わせ番号表示(2012/2/16時点の双葉町のサイトから引用)

  • 現在のページ(2014/4/4時点の双葉町のサイトから引用)

 原発事故によって住民が避難した福島県双葉町は、11年4月に「暫定版」を開設していた。当時の井戸川克隆町長のメッセージと共に、埼玉県に移転させた役場支所の案内を載せた。8月には、ページ上部に大きな文字でフリーダイヤルの問い合わせ先電話番号を掲載していた。

■女川町、データ消失で1カ月更新できず

  • 震災前、トップの表紙ページ(2011/1/9時点の女川町のサイトから引用)

  • 震災後も更新できず、表紙ページ変わらず(2011/3/16時点の女川町のサイトから引用)

  • 更新できたのは震災後1カ月後、震災情報を表示(2011/4/8時点の女川町のサイトから引用)

  • 情報を整理してリニューアル(2012/1/19時点の女川町のサイトから引用)

  • 現在のページ(2014/4/4時点の女川町のサイトから引用)

 宮城県女川町は、震災から約1カ月後の4月までトップページが震災前のままだった。当時の状況について担当者は「庁舎が津波で流され、それまでのデータが丸ごとなくなってしまった。震災後数日はネット回線も寸断されていた」と振り返る。震災直後の混乱の中、約1カ月後にウェブ発信を再開した。

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