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旅する人のアペリティフ

世界で地酒を堪能してみる

第32回 ほろ酔いキブンの地酒の味

2007年06月05日

 いろんな国を旅してみると、生活も文化も実にさまざま。気候が違い、それに伴って食文化も異なってくるし、つられて違うものが嗜好品。中でも、各国で楽しんだ地元の酒というのは、かなり強い印象が残る。

写真写真/中野愛子

 世界の酒の歴史分布を見てみると、これがけっこうおもしろい。日本や東アジア一帯は「麹」が主な酒の原料となっている。日本酒は米と麹菌で作っているし、ネパールの濁り酒「チャン」も、どぶろくを少し酸っぱくしたような味。韓国の「マッコルリ」に近いかもしれない。この米文化地域で生まれる酒は、どこか似通った醸造法と味になるわけだ。

 そこから西に進むと、「もやし」と「ぶどう」を原料にした酒を作る地帯になる。

 この「もやし」とは、その名を聞いて思い浮かべるものとはちょっと違う。これは発芽小麦のことらしく、つまりはビールの地帯である。

 東欧から西欧にかけては、ご存知の通りにビールをがぶがぶ飲むところも多い。それが西の端っこ近くのベルギーに行き着くときには、材料は麦だけじゃなく、果物やハーブにまで広がっていく。しかも、それぞれの製法で作られたビールには、その味や香りを引き出すための形状をしたグラスまで用意されている。つまり、ワインのグラスを赤や白や発泡性によって変えるのと同じこと。そこまで含めて楽しむ、ってわけだ。

 もちろんワインだってあれこれある。一番に浮かぶのはフランスやイタリアの王道ワイン。でも、中欧あたりに行くと、「貴腐ワイン」が広く飲まれている。「貴腐」とは、白ワイン用品種のブドウの果皮に特殊なカビ菌が感染して糖度が高まり、芳香を持つ現象のこと。 貴腐化したブドウで造る極甘口のワインが「貴腐ワイン」となる。

 ハンガリーでは、オスマン帝国による侵略でブドウの収穫が遅れた年に、ブドウが畑で貴腐化してしまった。それでもあきらめずにワインを作ってみたら、なんともいえない甘さのあるワインができた、というのが起源だとか。   

 世界三大貴腐ワインのひとつ「トカイアスー」は、蜂蜜のような黄金色に、芳しい香り。ルイ十四世が「王のワインにして、ワインの王」と呼び、マリア・テレジアがその黄金色には「金が含まれているのでは」とウィーン大学に分析させるほどに美しい色を持つ。ワインひとつの歴史に、オスマントルコにルイ十四世、マリア・テレジアまでが登場。酒をつきつめていくと、背後にはその国の壮大な歴史が隠されていることだってある。

 そして中米には「樹液利用の酒」地帯やら、南米には「口かみ酒」地帯。口に穀類を含んで噛み唾液で発酵させた酒とは興味深い。けれども、あまり飲みたくないような気もする……。

 こうして、どこの国にも風土にあった酒が存在する。アフリカのバナナ酒、南米のパイナップル酒、ヨーロッパの薬草酒に、熱帯地域のヤシ酒・さとうきび酒など、その土地ならではの原料を用いた酒だって旨いもの。

 その酒の背景や、まつわる歴史をひょいとのぞいてみると、酒がもっと味わい深いものになる。ときには「作り方知らなきゃ良かった」なんて、「口かみ酒」のようなものもある。でも、人が噛んで造った酒……だって違った意味で味わい深いかもしれないし、いい土産話ってもの。

 上戸さんも下戸さんも、旅先で「とりあえずビール」なんて言ってちゃいけません。まずはそこの地酒を堪能して、ビールならビールで地のものを。

旅のA to Z その32

旅の最中は「とりあえずビール」は忘れて、

地酒を堪能してみよう。

文 上野陽子

プロフィール

上野陽子
立教大学在学中にカナダ・オーストラリアに留学。卒業後ボストン大学修士課程でジャーナリズムを専攻し、通信社・出版社を経てフリーランスで活躍中。趣味と仕事で世界をぶらり、旅した国は40カ国を超える。旅やカルチャーをテーマにした連載も多数。
著書に『海外ネット通販百科』、共訳書に『悪魔のマーケティング』(日経BP社)、編集書にプロの撮り方『旅行写真』(日経ナショナルジオグラフィック社)ほか。3月発売予定の『恋する英語』と、同名のブログhttp://koisurueigo.com/も好評掲載中。
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