現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. トラベル
  4. ペダルまかせ
  5. 記事

ペダルまかせ 〜自転車のある生活〜

観音崎灯台と歴史の浦賀(三浦半島1周 6の2)

2011年1月21日

印刷印刷用画面を開く

Check

このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真:マボチョクは2Km弱だが、海側には遊歩道も整備され開放感のある道路。条件が良ければ横浜、東京、千葉がぐるりと展望できる拡大マボチョクは2Km弱だが、海側には遊歩道も整備され開放感のある道路。条件が良ければ横浜、東京、千葉がぐるりと展望できる

写真:走水神社はオトタチバナヒメを祭った神社で海軍や船乗りの信仰が厚い。最近は首都圏屈指の強力パワースポットとして喧伝されている拡大走水神社はオトタチバナヒメを祭った神社で海軍や船乗りの信仰が厚い。最近は首都圏屈指の強力パワースポットとして喧伝されている

写真:観音崎はかつて横須賀一番の観光地だったが、最近は軍港や軍港めぐりにトップの座を譲ったとか。それでも灯台からの東京湾の眺望は見事拡大観音崎はかつて横須賀一番の観光地だったが、最近は軍港や軍港めぐりにトップの座を譲ったとか。それでも灯台からの東京湾の眺望は見事

写真:旅客定員12人の小さな船のわずか3分の船旅だが、土地の人には便利な交通手段。もっとも週末の乗客は観光客が大部分とか拡大旅客定員12人の小さな船のわずか3分の船旅だが、土地の人には便利な交通手段。もっとも週末の乗客は観光客が大部分とか

写真:日米の歴史がここから始まったペリー記念碑。数奇な運命を秘めながら、東京湾をじっと見守っている拡大日米の歴史がここから始まったペリー記念碑。数奇な運命を秘めながら、東京湾をじっと見守っている

異国風マボチョク

 海軍カレーを食べながら先ほど見てきた軍港の風景を思う。米軍基地の艦船といい三笠といい、東京湾の青く穏やかな海に横たわっていると、これら艦船の本質が時至れば砲やミサイルがごう然と火を噴く、殺戮(さつりく)の兵器であることがにわかには信じられない気分がしてくる。もっとも人間だって、自分ですら気が付かないうちに凶暴な獣を心中に飼っているのかもしれない。それが暴れる時があるのか暴れずに終わるのかは誰にもわからないだけで。

 市街を海沿いに抜けるとフェニックスの並木の通りとなる。ちょっと日本離れした風景だ。馬堀海岸2kmほどの直線道路は自転車乗りやジョガーたちの間では「マボチョク」と呼ばれている。右手前方の高台は防衛大学。左は東京湾、条件の良い晴れた日には横浜のベイブリッジから千葉木更津の工業地帯までが一望できる。さらに条件が良いと振り向いた後ろに富士山が見える。四季を通じて散歩やジョギングの人の姿が絶えない快適な区間だ。

走水神社はパワースポット

 マボチョクを過ぎちょっときつい坂を一つ二つハアハアいいながら越えた右側に走水神社がある。東征中の日本武尊が船で上総に渡ろうとしたが暴風雨でままならなかった。それを見た妻・弟橘媛(オトタチバナヒメ)がみずから荒れ狂う浦賀水道に身を投じて海を沈めたという。その弟橘媛を祭った神社だ。最近は強力なパワースポットとか喧伝され、時ならぬにぎわいを見せたらしい。

 走水神社の門前を過ぎ、左手に京急の観音崎ホテルを過ぎれば正面に観音崎の灯台が見えてくる。右手は数年前にできた横須賀市の美術館。東京湾を一望するローケーションが評判で、人気のデートスポット。

初の洋式灯台と吉田松陰の足跡

 観音崎の灯台は日本初の洋式灯台で、1869年完成。地震で何度か再建され、現在の灯台は3代目。自転車を押して上がってみれば、浦賀水道を行き交うタンカーや軍艦、その間に釣り船や漁船が点在している。日本で一番混雑する海域といわれるが、まさに実感。灯台の周囲は広範囲に県立公園になっていて海水浴から森林浴までが楽しめる。

 観音崎から海沿いをゆらゆらペダルを回してゆけば歴史の町・奉行所のあった浦賀だ。浦賀には叶神社(かのうじんじゃ)が湾を挟んで東と西にある。文覚上人が源氏の再興を祈願して石清水八幡宮を勧請し、願いが叶ったので叶神社となったという縁起の良い、そして珍しい名前の神社だ。東叶神社の境内には頼朝が奉納したというソテツがあり、裏山では咸臨丸で渡米を控えた勝海舟が断食して修業した。

 東叶神社の先に徳田屋という古い旅館の跡がある。幕末、同宿した吉田松陰と佐久間象山が黒船来航で大いに談論したとか。徳田屋跡の目前から渡し船が通っている。ポンポン船と呼ばれる小さな船で、浦賀のシンボルになっている。碑文を眺めたあと渡し船に乗ってみる。

3分間の船旅

 時刻表は無く、船が対岸にいるときは呼び出しボタンを押すとすぐに来てくれる。東浦賀と西浦賀間の約3分の船旅。一人150円、自転車50円。住民たちの大切な交通手段となっている。自転車で走ればわずかな距離だが船で渡るのも一興。ちなみにこの航路は横須賀市の土木部の所管になり、航路は市道となっている。

 浦賀は近代造船の発祥地としてドックが有名だったが、2003年に閉鎖された。特徴的だった巨大クレーンも見えないし人の気配もない。産業の栄枯盛衰を見るようで、少々さみしい。船が付いた岸には西叶神社がある。この神社は縁結びの神様として最近人気がある。特に西の神社のまが玉を東の神社の守り袋に入れると、とりわけ霊験あらたかだそうな。

波乱の過去を秘めたペリーの碑

 少しずつ風が出てきた。握り飯1〜2個で半日動く極々小さなエンジンは、わずかな向かい風や上り坂が本当によくわかる。軽いギヤでゆるゆる進むと久里浜海岸。港近くのペリー公園にはペリー上陸記念の立派な碑が建っている。

 明治時代に建てられたもので、碑文の「北米合衆国水師提督伯理上陸記念碑」の文字は伊藤博文の筆になる。この碑も、終戦間近の昭和20年になると敵性のものとされ、「砕いて道路にでも敷くべし」ということで引き倒された。まさに砕かんとしたときに敗戦となり、戦後再び建てられたという。そんな波乱の過去の影も見せず石碑は静かに東京湾を見守っている。

【私の自転車歴・前篇】

 10数年前、もうすぐ50歳という頃だった。中学生の息子がMTB自転車が欲しいと言い出した。ホームセンターでそれらしきものを買い与えた。試に自分も乗ってみた。自転車に乗るのは学生時代以来だった。高校生の頃通学に使っていたギヤもない実用車とは別物のように乗り心地が良かった。すぐに仕事帰りに神田の自転車屋に走り、「ま、このくらいからスタートでしょうか」と店員にいわれ、5万円台のMTBを買った。

 近くの里山や海岸で遊んだ。バットを持てば空振り、バスケのドリブルがうまくできないという運動音痴、運動嫌いだったが、なぜか自転車は別だった。楽しかった。でも1年もしないうちに目移りがし、近くのショップの店頭にあったややハイクラスのMTBに乗りかえた。

 途中何度かの中断を挟みながらも、それで10年近く遊んだ。6年ほど前にショップのおやじが、「ロードもいいですよ。試乗してみませんか」と店頭の高級車を指差した。好奇心から市中に乗り出してみた。前につんのめるような前傾姿勢のハンドル、細いタイヤ、心もとないブレーキの聞き具合。とても怖くて長く乗れるものではなかった。しかし・・・。(続く)

プロフィール

三浦 壮介(みうら そうすけ)
 50歳に手が届くころから始めた自転車遊び。愛車・サンデー号で居住している湘南をふらりと流したり、時には温泉などに泊まりつつ輪行で古い街道や峠道を走ったり。でも、向かい風とのぼり坂はあまり好きでない。
 「自分の一生で今が一番若い。今できることを今やろう」、が最近の信条。自転車は敷居が低いが奥行きは深い。気ままに楽しんで気分転換。LDLコレステロールの黄信号がちょっと気がかりな176cm、1946年生まれ。目指すは“定年の達人”。

アサヒ・コムおすすめ自転車グッズ

zwei(ツヴァイ)

zwei(ツヴァイ)

サンフランシスコ発のメッセンジャーバッグ・ブランド、ティンバック2のスタンダードモデル。走行しやすい位置にバッグを背負う「トゥルーフィット・カムバックル」や、取り外し可能な「クロスストラップ」を搭載、カラフルでタフなバッグは世界中のユーザーから高い支持を得ている。

この商品を購入する以下は別ウインドウで開きますヘルプ

ルディプロジェクト ライドン

ルディプロジェクト ライドン

グリラミド+カーボンフレームと、キネティウムのテンプルで、軽さと自在なフィッティングを可能としたスポーツ用サングラス。目的に合わせてさまざまなタイプのレンズを選べるので、各種のスポーツやアウトドアでも活躍すること間違いなし。

この商品を購入する以下は別ウインドウで開きますヘルプ

ヘルメット

本格的に走るのならば、安全にもより気を使いたいもの。ルールを守ることはもちろんだが、万が一の事故に備えてヘルメットも装備しよう。自転車用に開発されているものならば、とても軽くて通気性が良いので、走行中の負担も少ない。

この商品を購入する以下は別ウインドウで開きますヘルプ

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内

鉄道コムおすすめ情報

国鉄型が続々引退、春の新ダイヤ

200系新幹線や近畿地区の183系、東海地区の117系など、さまざまな国鉄型車両が引退する…