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2012年7月6日
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ペダルまかせ 〜自転車のある生活〜

つげ義春が描いた秘境の温泉(二岐・前編)

文と写真:三浦 壮介

写真:大丸あすなろ荘の露天風呂。緑と清流と蝉しぐれにつつまれて身を沈めていると、凡人もにわか詩人になったような気分がする拡大大丸あすなろ荘の露天風呂。緑と清流と蝉しぐれにつつまれて身を沈めていると、凡人もにわか詩人になったような気分がする

写真:山間の畑では総出でキャベツを植えていた。今も「村落共同体」という言葉がいきているようだ拡大山間の畑では総出でキャベツを植えていた。今も「村落共同体」という言葉がいきているようだ

写真:会津の山は深い。見るものを押し倒すように迫ってくる拡大会津の山は深い。見るものを押し倒すように迫ってくる

写真:つげ義春が好んだほとんど廃屋に近い湯小屋。露天風呂だけでも入りたかったが閉まっていた拡大つげ義春が好んだほとんど廃屋に近い湯小屋。露天風呂だけでも入りたかったが閉まっていた

写真:風景や時代が変わったが、犬は漫画の場面と同じように昼寝をしていた拡大風景や時代が変わったが、犬は漫画の場面と同じように昼寝をしていた

写真:大丸あすなろ荘の玄関は洗練された温泉宿の風情を漂わせている拡大大丸あすなろ荘の玄関は洗練された温泉宿の風情を漂わせている

写真:小屋の中にある54度という自噴風呂。熱くて1分と入っていられないが、湯上がりの気分は爽快だった拡大小屋の中にある54度という自噴風呂。熱くて1分と入っていられないが、湯上がりの気分は爽快だった

 今回は40年来の宿題を果たすような気分で福島県会津の二岐(ふたまた)渓谷にある秘湯を訪ねた。起終点は東北新幹線の新白河駅、二日目はこれも秘湯である甲子(かし)温泉大黒屋を回ろうという計画。走る距離はさほどではない。

40年来の思い

 つげ義春の作品に「二岐渓谷」という作品がある。60年代に月刊誌ガロに発表されたページ数にして17の中編だ。主人公のぼくが晩秋の南会津の貧相な温泉宿で一夜を過ごすという、それだけの漫画だが、40数年前にそれを読んで以来、いつの日か二岐温泉に行きたいと漠然と思い続けてきた。

 6月の某日。東京駅7時44分発、やまびこ205号に乗った。下りの新幹線はすいていた。おそらくゴルフ道具を置くスペースなのだろうデッキ近くに荷物置き場があった。自転車にもぴったりだ。新幹線で自転車を載せる場合、ベストはこのスペース、次いで最後部座席の背後、どちらもだめだったらやむなくデッキに置くのだが、これだと目を離すのが少々心配でもある。

イタリア紳士的?

 そのデッキで、宇都宮に出張だという中年のビジネスマンに「それ自転車ですね。どちらへ行かれますか?」と聞かれたことから雑談が始まった。

 曰く、「自分はイタリアに4年ほどいたことがある。彼の地では大人たちが列車で輪行をする姿をよく見かけた。いかにもお洒落(しゃれ)で会話も紳士的で洗練されていて、見ていてうらやましい光景だった。日本でもやっとそういう時代になりましたか」。

 私は別に紳士でもないし、そんなに洒落た遊びをしているつもりもない。定年を過ぎた今、自分が楽しいことを気ままにしているだけだが、なんだか自転車を趣味とする人全体が認知されたようで、少しうれしかった。

圧倒的な蝉しぐれ

 9時5分に新白河に到着。20分ほどで自転車を組み立て、会津方面への県道白河羽鳥線を走り出した。水田が広がる豊かな平地が終わると標高758mの真名子峠にさしかかる。結構な急坂だ。険しいカーブでは片側交互通行にして大規模な工事が行われていた。大震災で崩れた箇所の復旧工事で、一時は不通になっていたという。

 歩くような速度でペダルを回す。まだ走り出したばかりでおすわけにはゆかない。峠を越えるとうっそうとしたブナを中心とした森の中を走る。と、前後左右、頭のうえからも圧倒的なヒグラシのような蝉しぐれに囲まれた。蝉しぐれといえば藤沢周平に同名の傑作長編を思い出すが、そんなしみじみしたものではない。文字通り耳をつんざくほどにかしましかった。

人影もなく静かな湖畔

 関東での蝉しぐれは去りゆく夏の名残りを惜しむような物悲しいものだが、南会津では6月ごろに鳴くというのか。土地の人に蝉の種類を聞いてみたが、人によって「カエルではないか」とも言うし、「ハルゼミ」、あるいは「エゾゼミ」、あるいは「カワゼミ」だと言い、判然としない。帰って調べてみたらどうも「エゾハルゼミ」が正解らしい。といっても個体を観察したわけではないので本当のところはわからない。

 峠を過ぎれば平たん路。コーヒーブレークをした羽鳥湖近くの道の駅も、湖畔のキャンプ場もほとんど人影はない。このシーズンのウイークデーはいつもこうなのか、それとも東電の影響があるのかわからない。土地の人に理由は「どちらですか」と聞くのも気が引けてできなかった。

「共同体」のなごり?

 山間の国道118号を進むと、畑で大勢の人がキャベツを植えていた。田植えなど農作業が集中するときに一族や近隣が力を合わせて作業をするのは古い農村のありようだったが、ここではまだそんな習慣が機能しているようだ。「共同体」という忘れかけていた言葉を思い出したりもした。おばちゃんと少々話をしたが、半分ほどは言葉がわからなかった。

 12時30分、ポツンとあった山林舎というレストランでカレーライスの昼食。スプーンを口に運びつつ南会津の深くそしてこちらを押しつぶすかのように迫ってくる山々を眺める。人間の存在がひどく頼りないものに思えたりもする。

二岐渓谷へ最後の上り

 想定したよりずいぶんとペースが早い。しかし山の天気は変わりやすいから、遅れるよりはいい。湯本を過ぎ左折すると、いよいよ二岐渓谷への上り道だ。距離にして約9km、高さにして250m。今回は一人旅、あまり無理をせずにつらかったら押せばよいと思っていたが、結果として左程難儀せずに登りきった。

 2時前に二岐温泉郷についてしまった。昔はコメとみそを持って湯治に来る場所だったというひなびたところで、渓谷の崖にそって数軒の温泉宿がある。真っ先につげが好んで泊まったという湯小屋という宿を訪ねたが閉まっていた。確かにつげ漫画にふさわしい、ほとんど廃屋に近い貧しそうな宿だった。

 つげファンの末席を自称する私だが、仮に営業していてもここに泊まるのはちょっと遠慮したかもしれない。その他、作品に出てくるおばあさんのいたところや、湯治客用にわずかな食品を商っていた店があった場所などを探してみたが、漫画の面影はどこにもなかった。ただ犬だけが、漫画の一コマと同じような雰囲気で昼寝をしていた。

大丸あすなろ荘に投宿

 というわけで、この日の宿は「秘湯を守る会」に尽力があったと聞く「大丸あすなろ荘」に投宿。この宿は渓流沿いの露天風呂はもちろん、小屋掛けになっている自噴泉甌穴(おうけつ)岩風呂が素晴らしい。

 岩風呂は昔の川底の岩盤そのものを風呂の底にしていて、割れ目から54度という温泉が湧き出している。とにかく熱い。無色無臭あくまで透明な湯は、十分にかかり湯をして気合を込めて入っても1分とは身を沈めていられなかった。pH8.6、カルシウム―硫酸塩泉とあった。

 次に露天風呂。満身に緑を浴び、せせらぎの音と蝉しぐれを聞く。40年来の宿題を果たしたようで気持ちが軽くなった。つげは当時湯小屋に600円で泊まったというが、今回は温水トイレの付いた6畳間で1泊2食14800円。

 この日の走行は42km。ポタリング的なサイクリングだった。明日は、4年前までは289号という国道の名がありながら、道路が途切れていたという甲子峠の山麓(さんろく)にある温泉を訪ねる。すごい秘境らしい。(次回は7月20日掲載予定)

プロフィール

三浦 壮介(みうら そうすけ)
 50歳に手が届くころから始めた自転車遊び。愛車・サンデー号で居住している湘南をふらりと流したり、時には温泉などに泊まりつつ輪行で古い街道や峠道を走ったり。でも、向かい風とのぼり坂はあまり好きでない。
 「自分の一生で今が一番若い。今できることを今やろう」、が最近の信条。自転車は敷居が低いが奥行きは深い。気ままに楽しんで気分転換。LDLコレステロールの黄信号がちょっと気がかりな176cm、1946年生まれ。目指すは“定年の達人”。

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