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「渡る」意識させる行者の道 古川町橋(京都市)

2010年4月16日10時11分

写真:犬を連れて古川町橋を渡る父子。近くの古川町商店街に買い物へ拡大犬を連れて古川町橋を渡る父子。近くの古川町商店街に買い物へ

写真:地域の美化に努める「クリーン白川の会」の森口さん(右)と大西さん拡大地域の美化に努める「クリーン白川の会」の森口さん(右)と大西さん

地図:  拡大  

 渡ろうか、やめようか……。橋の前で、カメラを首から提げた中年の男性がためらっている。橋は男性の肩幅ほどしかなく、欄干もない。兵庫から観光で来たという男性はおっかなびっくり渡ると、はにかんだ。

 京都市東山区にある古川町橋は、鴨川へ注ぐ白川にかかる。通称一本橋。幅67センチ、長さ12メートルの石橋だ。数十メートル上流にも下流にも、車が通れる頑丈な橋がある。地味だが、天台宗の荒行「千日回峰行」で行者が渡ることから、「行者橋」とも「阿闍梨(あじゃり)橋」とも呼ばれる由緒ある橋だ。

 「昔から、子どもは一本橋を自転車で渡れるようになったら一人前、と言われてますのや」と近くに住む森口廣藏さん(74)が言えば、すぐそばにある人気のかばん屋、一澤信三郎帆布の大西龍一さん(68)は「僕はぜったい、通らへん。願かけしたさかい」。今では笑いとばせる願い事だが、母親にならって願かけした小学生のとき以来、渡っていないという。

 1960年代半ばごろまで、ヘドロが沈殿して悪臭がする場所だった。「黒うなったり赤うなったり。しょっちゅう川の色が変わっとった」と森口さん。上流にあった友禅工場が川で反物の糊を洗っていた。37年前から、子どもたちが遊べる川にと地域で美化に取り組んできた。今や映画やドラマの撮影にもたびたび使われる。

 川沿いのヤナギは若葉が芽吹き始め、春風に揺れていた。橋の上に一列に並んでポーズを決める4人組の女子学生、渡らずにたもとで記念写真を撮る老夫婦。そぞろ歩きを楽しむ観光客の多くが一本橋で足を止める。

 訪れたのは彼岸の入りのころ。だからだろうか、足元を気にしつつ、花を手に渡る人が目立つ。日常に溶け込みながら、「渡る」ことを意識させる橋は、たぶんそれほど多くない。

(文・河内奈々 撮影・渡辺瑞男)

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《メモ》 市によると、現在の橋がかけられたのは1907年。千日回峰行が平安期に開創されたことから歴史は古いとされるが、詳細は不明だ。石の板が2枚1組で縦に四つ並ぶ。左右の板が中心に向かってわずかに傾斜しているため、幅が狭い割には安定感がある。

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●千日回峰行 比叡山延暦寺に伝わる修行。桧笠をかぶり、白装束にわらじ姿で行う。比叡山の峰や谷、洛中洛外を1日30〜84キロ、7年かけて巡拝する。700日の回峰を終えると、高僧を意味する「阿闍梨」と呼ばれる。千日間で歩く距離は約4万キロ、地球1周分にもなる。

 白洲正子のエッセー「道」に、行者は白川にかかる橋から比叡山を遥拝(ようはい)するとの記述がある。取材中、橋の真ん中で立ち止まり、北に向かって一礼する男性を見かけた。

●古川町商店街 橋の西側から三条通まで南北にのびる。八百屋や魚屋、そうざい屋などが軒を連ねる。

●一澤信三郎帆布 帆布を加工して作るかばんの店。近くに工房があり、通りから作業風景を見学できる。京都市東山区東大路通古門前北(東山駅、TEL075・541・0436)。午前9時〜午後6時、(火)休み。

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(2010年4月13日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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