現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. トラベル
  4. 橋に願いを
  5. 記事

郷土の山守る父と娘の物語 綾の照葉大吊橋(宮崎県)

2010年4月23日10時29分

写真:「父に会いたくなると橋に来る」と言う郷田美紀子さん。父・実さんの遺骨の一部はここから森に散骨された=比田勝大直撮影拡大「父に会いたくなると橋に来る」と言う郷田美紀子さん。父・実さんの遺骨の一部はここから森に散骨された=比田勝大直撮影

写真:手のひらをほぐす森林セラピーの参加者。樹木が発散する「フィトンチッド」を受け取りやすくするという=河野耕三さん提供拡大手のひらをほぐす森林セラピーの参加者。樹木が発散する「フィトンチッド」を受け取りやすくするという=河野耕三さん提供

地図:  拡大  

 「最初はね、意味がわからなかった。自然が大事と言ってた父が、なんで山のど真ん中につり橋を建てるのか」。そんなつぶやきから、郷田美紀子さん(62)の「父を知る旅」は始まる。

 父とは、宮崎県綾町(あやちょう)の町長として先駆的な町づくりに取り組んだ故・郷田実さん。自然が無尽蔵であるかのように奪われた高度成長期に「必ず自然が求められる時代が来る」と、幾たびの伐採の危機から照葉樹林を救い、そこに当時で高さ日本一の「綾の照葉大吊橋(てるはおおつりばし)」を架けた。

 それから13年後の1997年、観光名所として注目されるようになった綾の照葉樹林のそばに、送電線用の巨大な鉄塔を十数基建設する計画が持ち上がる。「あの山が鉄塔の台座になるなんて」。美紀子さんの心は震えた。

 すぐさま町議会に建設反対を請願。事態が変わらないと見ると、照葉樹林の価値を発信するシンポジウムの開催から建設現場での座り込みまで、なりふり構わず反対運動へ突っ走った。02年秋には世界遺産登録を呼びかける署名活動を開始。2カ月で14万人超を集めた。鉄塔の着工が間近に迫っていた。

 山を切ると言う営林署に「おれを斬(き)ってからにしろ」と立ちはだかった父。命がけだった自身の鉄塔反対運動を振りかえると「違う人間だと思っていたその父が分かる」と美紀子さんは言う。あのつり橋はたくさんの人に「宝の山」を知ってもらうために必要だったんだ、と。

 「橋は両手を広げて今も山を守っている父そのものです」

 鉄塔は建った。しかし美紀子さんや仲間にとって明るいニュースもあった。人工林が増えた照葉樹林を官民協働で復元し保護する100年計画が始まったのだ。

 プロジェクトに携わる河野耕三さん(62)の案内で森を歩いた。頭上を指したその先に、タブノキのやわらかな新芽が葉を広げていた。

(加藤千絵)

    ◇

《メモ》 1984年3月完成。全長250メートル、綾南川からの高さは142メートル。2006年、大分県に「九重“夢”大吊橋」ができるまでは、歩くつり橋として日本一の規模を誇った。橋の先に約2キロの自然遊歩道がある。[前]8時20分〜[後]6時半。入園料として300円。電話0985・77・2055。

    ◇

●綾の照葉樹林 九州山地の山すそ約1700ヘクタールに広がり、日本最大級。シイやカシ、タブなどの常緑広葉樹で構成され、82年に国定公園の指定を受けた。絶滅危惧(きぐ)種のイヌワシやクマタカなどが生息する。

●森林セラピー基地 森林浴の効果が科学的に実証された地域。綾町は07年に認定され、今年3月にガイドツアーを開始した。木の幹に触れたり、野鳥の鳴き声や川のせせらぎに耳を澄ませたりする「川中自然公園」と「照葉大吊橋周遊」「綾町中周遊」の3コース。電話町農林振興課(0985・77・0100)。

●国際照葉樹林サミット 5月22日[土]、綾町公民館文化ホールで、東アジアに広がる照葉樹林の生物多様性や文化、保全と利用の取り組みなどについての基調講演と討論がある。23日[日]に現地見学会を開催。要予約。電話実行委事務局(0985・35・7288)。

    ◇

(2010年4月20日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内

鉄道コムおすすめ情報

国鉄型が続々引退、春の新ダイヤ

200系新幹線や近畿地区の183系、東海地区の117系など、さまざまな国鉄型車両が引退する…