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歴史の継承、ふさわしい姿は 瀬田唐橋(大津市)

2010年7月30日10時8分

写真:夕闇に沈む瀬田唐橋。擬宝珠がシルエットになって浮かび上がる=塚原紘撮影拡大夕闇に沈む瀬田唐橋。擬宝珠がシルエットになって浮かび上がる=塚原紘撮影

地図:  拡大  

 何色にぬるか、で論争が巻き起こっている橋がある。琵琶湖から淀川水系へ合流する瀬田川の瀬田唐橋。歴史をひもとけば、壬申の乱など数々の戦の舞台となり、「近江八景」の一つとして絵師や俳人ら多くの風流人の心をとらえてきた。

 目の当たりにすると、由緒あるエピソード以上に議論の理由を実感できる。大型小型の車がひっきりなしに行き来する姿は文化財というより生活道路。さびが目立つクリーム色の欄干はぼんやりとしていて、色のせいにしたくなるのもうなずける。

 「瀬田の唐橋の目の前で、どこにあるんですかと聞かれたこともあります」と瀬田川流域観光協会の中易(なかやす)篤さん(62)。昨秋、橋を塗り替えようとした滋賀県に朱色を提案して、色論争の発端をつくった。アーチ型の太鼓橋に朱の欄干がつけば、なるほど観光客には受けるかもしれない。鎌倉時代の「石山寺縁起絵巻」に描かれた唐橋が朱色、というのも後押しする。

 その絵巻が写実でなく京都で想像して描かれた可能性があると指摘するのは市歴史博物館学芸員の横谷賢一郎さん(42)だ。歌川広重らの作品には、木肌そのままの姿が見られる。

 今の色を主張する人もいる。

 唐橋はどうあるべきか。

 橋のたもとで窯元を営む若山義和さん(63)は昨年末、唐橋と景観を考える協議会を発足させて、地元商店街や自治会と意見を交わしている。最近は色から発展して「いっそ木造化を」との声が多数を占める。そのための浄財をこれから募っていく予定だ。

 「夕日の瞬間だけは白く浮き上がって、悪くないかな」。若山さんと橋の周辺を歩いた。江戸時代には名産を売る店や旅人が憩う茶屋、舟遊びの人でにぎわった町も、今は下りたままのシャッターが目立つ。

 若山さんは「最後は何色に決まってもええの」と漏らす。「多くの人が議論に参加してふるさとづくりの意識をもってほしい。色問題はそのためのアイテムやと思ってます」(加藤千絵)

    ◇

《メモ》 長さ172メートルの大橋と約52メートルの小橋からなる。アーチ形になったのは1575年に織田信長が架橋した時といわれ、それまでは平らで「瀬田の長橋」などと呼ばれていた。今の橋は1979年建造。当時も歴史と景観をかんがみて有識者らが話し合い、色を決めた。

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●近江八景 中国の「瀟湘(しょうしょう)八景」になぞらえて選定された近江の名所。瀬田唐橋は「瀬田夕照」の舞台で、夕日との取り合わせが美しい。大津市御陵町の市歴史博物館(電話077・521・2100)で版画や絵画を展示している。

●船幸祭 日本武尊を祭る建部大社の例祭。毎年8月17日に瀬田川を船上渡御する。8月1日から祭り当日まで唐橋がライトアップされる。電話びわ湖大津観光協会(077・528・2772)。

●唐橋への意見募集 有識者と地元住民、行政からなる「瀬田唐橋景観検討委員会」(電話077・524・2815)では、色を含めた橋の今後について広く意見を募集している。〒住所、年齢、性別、できれば氏名、連絡先を記し、Eメール(ha30300@pref.shiga.lg.jp)などで応募する。30日必着。

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(2010年7月27日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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