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水郷支えた「お水様の通り道」 樋橋(千葉県)

2010年8月20日10時12分

写真:観光客でにぎわう樋橋。落水は1日に15回、30分間隔で5分間行われる=上田頴人撮影拡大観光客でにぎわう樋橋。落水は1日に15回、30分間隔で5分間行われる=上田頴人撮影

写真:橋で遊んだ思い出を語る吉田昌司さん(左)と菅井喜平さん拡大橋で遊んだ思い出を語る吉田昌司さん(左)と菅井喜平さん

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 利根川に注ぐ小野川沿いに古い町家や土蔵が立ち並ぶ、千葉県香取市の佐原(さわら)地区。かつて舟運業で栄え、その風情から「小江戸」とも「水郷」とも形容される。樋橋(とよはし)はその一角、伊能忠敬旧宅前に架かっている。

 「欄干が欠けてて、足元には溝があって危なかったよな」

 「ハンドルをとられて自転車が欄干にぶつかったっけなあ」

 近所に住む吉田昌司さん(84)と菅井喜平さん(88)が、にぎやかに記憶をたどる。「足元は今みたいな木製じゃなくて、ぜんぶ石だった気もするけど」「いや、木じゃなかったか」。大正生まれの2人の記憶は、しばしば食い違う。

 樋橋は、これまで2度大きく姿を変えた。橋のそもそもは、小野川から引いた水を川の西側の水田へ流す木製の樋(とい)。その上に板をかぶせ、人が渡るようになって橋になった。樋から水が盛大にあふれ落ちる姿は、吉田さんたちの子どものころの思い出の中にはっきりと残る。だが昭和の初めにコンクリート製に造り替えられ、1960年代になると送水の役目そのものを終え、老朽化していった。

 その橋が再び注目されだしたのは90年代初め。佐原の町並みを保存しようという機運が地域に生まれ、木橋に架け替えて落水を復活させる話が持ち上がった。初代は農業用水路の位置から、小野川を斜めに横切っていた。まっすぐ架けたいという施工者の県を「斜めでこそ意味がある」と住民たちが押し切り、3代目は92年に完成した。

 木製で、かつ水を流すため、防腐剤の塗布や床板の張り替えなど修繕費がかさむ。水はポンプでくみ上げ、橋の上から以前は釣れたタナゴもウナギも川から姿を消しつつある。それでも、かつて佐原の農業を支えた橋を、菅井さんは「お水様の通る大事な道」と心を込めて呼ぶ。

 別名「ジャージャー橋」。住民たちの思いに支えられ、昔と変わらない水音を響かせる。その脇で、吉田さんは現役の観光ガイドとして、町の歴史を日々語り続ける。(横田麻生子)

    ◇

《メモ》 全長12.75メートル。幅2.5メートル。樋が渡されたのは1673年と伝わるが、いつから人が渡れるようになったかは定かでない。当初は今でいうU字溝に似たコの字型の大きな樋で、「大樋」と呼ばれていた。環境省の「残したい日本の音風景100選」の一つ。

    ◇

●水の郷さわら 「道の駅」と「川の駅」が隣接する市の観光交流拠点。農産物や川魚など特産品を販売([前]9時〜[後]7時)。利根川の治水技術や過去の水害の記録などを地図やパネルで学べる教育展示(9時半〜4時半、[月]休み)がある△まつりin水の郷 28日[土]、[前]11時〜[後]9時。江戸時代に全国を歩き高精度の日本地図を残した伊能忠敬についてのクイズ(3時)や、歌手の中村あゆみさんの野外ライブ(7時半)などがある。フィナーレは打ち上げ花火400発。28日まで伊能旧宅付近ライトアップ。香取市佐原イ4051(佐原駅)。電話水郷佐原観光協会(0478・52・6675)。

●伊能忠敬記念館 年代順にその人生を追い、業績を紹介している。「伊能図」や測量器具などは2カ月ごとに展示替え。[前]9時〜[後]4時半。500円、小中学生250円。同市佐原イ1722(佐原駅、電話0478・54・1118)。

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