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古寺に威風堂々、赤れんが 水路閣(京都市)

2010年12月24日

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写真:水路閣のアーチの先に南禅寺が見える=塚原紘撮影拡大水路閣のアーチの先に南禅寺が見える=塚原紘撮影

写真:琵琶湖から流れてくる魚を狙い、橋の上の水路には様々な野鳥がやってくる=塚原紘撮影拡大琵琶湖から流れてくる魚を狙い、橋の上の水路には様々な野鳥がやってくる=塚原紘撮影

地図:  拡大  

 「どうしてこんな所に」と想像をかき立てられる橋が、京都市にある。緑豊かな東山の南禅寺にある、赤れんが造りの水路閣(すいろかく)だ。

    ◇

 125年ほど前、琵琶湖から引いた水で京都の街を発展させようと「琵琶湖疏水(そすい)」が計画され、巨費が投じられた。そのルート上に南禅寺があった。寺院の境内にれんが造りはそぐわないとの批判はあったが、水路の高さを維持するため、この水道橋が築かれた。

 西陣生まれの写真家・水野克比古さん(69)は小学生の頃、父と初めて訪れた。二者の「意外な好対照」を感じ取り、カメラ小僧だった中学・高校時代は、寺で撮影会があると出かけ、大学は「迷わず」赤れんが校舎のある同志社を選んだ。

 学生時代は、橋の水路へと続く山道を親友2人とよく散歩した。脇を水がさらさらっと音をたてて流れていたのを聞き、3人で「ささやきの小道」と名付けた。時は60年安保闘争のころ。学生運動を身近に感じつつ、静かな橋を歩きながら語り合うのが心のよりどころだった。 その親友も、ここ2年ほどの間に相次いで世を去った。「橋に来ると彼らを思い出し、悲しみと懐かしさがこみ上げてくる」。水野さんの目元に涙がにじんだ。

    ◇

 橋の上では今も澄んだ水が流れている。赤々としていた橋のれんがは時を重ね、焦げ茶色の土っぽい風合いになった。

 近代化遺産として再評価されるなか、橋脚に長さ3メートル超の亀裂が昨年見つかった。市の改修調査検討委員会で、どう残していくか議論が続く。委員長の石田潤一郎・京都工芸繊維大教授は「今のれんがの風合いが自然豊かな景観にとけ込んでいる」と評価し、「補強しても、外観や手触りは保ちたい」と話す。

 橋は桜や紅葉と調和し、京都では、定番のデートコースとして知られる。水路閣がコンクリート製だったらどうだっただろう。そう思わずにはいられない。(中山理恵)

    ◇

《メモ》1888年に完成した、全長93メートル・高さ5〜8メートル・幅4メートルのアーチ橋。今も毎秒150リットルほどの琵琶湖からの水が流れる。橋の水は疏水分線沿いの散策路「哲学の道」へと続く。かつては水路橋とも呼ばれた。ドラマや映画のロケにもしばしば使われる、国指定の史跡。

■南禅寺 1291年に開かれた禅宗寺院。歌舞伎で「絶景かな、絶景かな」と石川五右衛門が見得(みえ)を切る舞台としても有名。水路閣は境内の南東に位置する。京都市左京区南禅寺福地町(電話075・771・0365)。

 ■琵琶湖疏水 東京遷都後、京都府が事業化した運河。現在の総延長は約30キロ。国内初の水力発電所も造られた△琵琶湖疏水記念館(同区南禅寺草川町17、電話075・752・2530)では、資料約370点で疏水事業や水路閣を紹介。無料。[月]休み。記念館前ではかつて疏水の舟運で使われたインクライン(傾斜鉄道)を見ることができる。

■町家写真館 京都の風物を撮り続ける水野さんの写真約50点を展示。冬景色の南禅寺を写した大型作品も。無料。[日][祝]休み。予約制。上京区大宮通元誓願寺下ル(電話075・431・5500)。

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