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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

ツタンカーメン王戴冠式の胸飾り

2010年4月14日18時31分

写真:拾い集めた「シリカガラス」。長さ3〜5センチのものがほとんどだ拡大拾い集めた「シリカガラス」。長さ3〜5センチのものがほとんどだ

写真:「クレーターエリア」にあるクレーターのひとつ。直径31キロのクレーターは、巨大すぎて肉眼では確認できない拡大「クレーターエリア」にあるクレーターのひとつ。直径31キロのクレーターは、巨大すぎて肉眼では確認できない

写真:グレート・サンド・シーでは、100キロ以上の「セイフ砂丘」(砂の山脈)が、何本も平行して走っている。 (c) Mohamed M. Abdel Aziz拡大グレート・サンド・シーでは、100キロ以上の「セイフ砂丘」(砂の山脈)が、何本も平行して走っている。 (c) Mohamed M. Abdel Aziz

写真:砂漠の食堂テント。夕方、キャンプ地が定まると、スタッフはまず「食堂テント」を設置する。お客様の夕食後には、スタッフの雑魚寝部屋と化し、朝食後には、また畳んで出発を開始する。写真は朝食前のひととき (c) Mohamed Abd El-Rahman拡大砂漠の食堂テント。夕方、キャンプ地が定まると、スタッフはまず「食堂テント」を設置する。お客様の夕食後には、スタッフの雑魚寝部屋と化し、朝食後には、また畳んで出発を開始する。写真は朝食前のひととき (c) Mohamed Abd El-Rahman

「わー!きれい!」

 今まで腰をかがめて、砂漠のあちこちを探しまわっていた総勢9名のお客様は、口々に感嘆の声をあげながら、透明感のある石を持って集まってきた。まとめて地表におくと、全部で30粒ほどになった。太陽光線を通すと淡い黄色や緑色に光りだす。シリカガラスだ。別名「リビア砂漠ガラス」とも言われ、長年、「どの様にして出来たのか」とその起源を巡って学術論争が繰り広げられた「謎の物質」だ。現在は、ネット上で高値で取引される「宝石」でもある。

 シリカガラスが「発見」されたのは1846年。リビア東部のオアシス、クフラの有力者の使者が発見し、2年後、その情報がヨーロッパにもたらされた。1934年には、大英博物館の鉱物担当責任者が現地に派遣されて調査が行われた。その結果、シリカガラスが存在するのは、グレート・サンド・シー(GSS)のなかの南北130キロ、東西53キロにわたる広大な地域であることがわかった。

 ギルフ・ケビールから四輪駆動車に分乗して北上してきた私たちは、そのGSSに入って1時間ほど経った場所にいた。見渡す限りの砂漠だ。よく見ると、高さ100メートルほどの砂の山脈が、進行方向と同じ北に向かって何本も平行して走っている。この砂の山脈は「セイフ砂丘」と呼ばれ、長さ100キロのものも珍しくなく、最長のものは140キロにもなるというから驚きだ。我々は、その山脈と山脈の間にある、東西の幅5キロほどの砂の平地にいた。砂漠とはいっても、四輪駆動車が砂埃も立てずに、時速80キロ以上で走行できる安定した地表だ。

 学術研究の結果、シリカガラスは、ガラスや陶磁器の原料となる二酸化ケイ素が、2000度の高熱に2分間さらされないとできないことがわかった。自然界でそんなことはあるのだろうか。1996年には、ついにシリカガラスの国際会議がイタリアで開かれ、「2850万年前、巨大な隕石が地球に衝突した際に発生した強烈な熱で、隕石の一部や地上の岩石などの物質が融けて空中に吹き飛ばされ、ガラス成分が冷えて形成されたもの」と結論づけられた。その衝撃は、「原爆の1万倍」とも言われる強烈なものだ。さらにその結論を裏付けるかのように、サハラ砂漠最大の直径31キロにもおよぶ巨大クレーターが発見された。

 しかし、1998年、新たな発見が更なる謎をよんだ。カイロのエジプト博物館に展示されていたツタンカーメン王の戴冠式用胸飾りに、シリカガラスが使われていたことがわかったのだ。シリカガラスは、金銀でできた装飾にちりばめられたどの宝石よりも大きく、当時の最高神である太陽神ラーを表すコガネムシの一種「スカラベ」の形に加工されて、その中心にはめ込まれていた。つまり、3300年前の古代エジプト人が、グレート・サンド・シーまで行ってシリカガラスを拾ってきたことになる。現在でもたどり着くのが難しく、1970年代初頭までは正式な地図にも載っていなかったGSSに、古代エジプト人はいったいどのようにして行ったのだろうか?

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

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 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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