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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

4200年前に開通した砂漠の隊商ルート

2010年4月21日16時50分

写真:アブ・バラスには、古代エジプトのツボが散乱している拡大アブ・バラスには、古代エジプトのツボが散乱している

写真:アブ・バラスのツボ (c)Mohamed M. Abdel Aziz拡大アブ・バラスのツボ (c)Mohamed M. Abdel Aziz

写真:アブ・バラスの岩線刻画拡大アブ・バラスの岩線刻画

写真:普段はナイル川流域でしか見られない「シマヤツガシラ」。(c)Mohamed M. Abdel Aziz拡大普段はナイル川流域でしか見られない「シマヤツガシラ」。(c)Mohamed M. Abdel Aziz

写真:灼熱の砂漠にすむ「スナヒバリ」。(c)Mohamed M. Abdel Aziz拡大灼熱の砂漠にすむ「スナヒバリ」。(c)Mohamed M. Abdel Aziz

写真:ギルフ・ケビール内のワディ・ハムラ(赤い谷)で出会った白ヘビ。「毒はないが、牙が長いので噛み付かれるとやっかいだ」という。(c)Mohamed M. Abdel Aziz拡大ギルフ・ケビール内のワディ・ハムラ(赤い谷)で出会った白ヘビ。「毒はないが、牙が長いので噛み付かれるとやっかいだ」という。(c)Mohamed M. Abdel Aziz

写真:砂漠に入って9日目。やっと、思う存分水を使うことができた。それまでは、1日2本のミネラルウォーターで、飲料、洗面などすべての個人的な水をまかなった。拡大砂漠に入って9日目。やっと、思う存分水を使うことができた。それまでは、1日2本のミネラルウォーターで、飲料、洗面などすべての個人的な水をまかなった。

 その答えは、広大な西方砂漠の一直線上に点在する遺跡にあった。遺跡の名前は「アブバラス・トレール」。「壺の丘」を意味するアラビア語と、「踏み分け道」を意味する英語の合成語だ。

 私たちが立ち寄った2カ所のアブバラスは、両方とも、平坦な砂地に立つ岩山のふもとにあった。近くで見ると、壊れた素焼きのツボがたくさん転がっている。発見当時は、それぞれ70と100以上のツボがあり、トレール全体では約400のツボが見つかっている。最初にアブバラスが発見されたのは1918年までさかのぼるが、「いつ誰が何のために置いていったのか」は、長年謎に包まれていた。その真相が解明されたのは、つい最近の2002年のことだ。

 アブバラス・トレールは、古代エジプト王国の最南西に位置したダクラ・オアシスを出発して、ギルフ・ケビールに至る350キロの外交・貿易ルートで、開通したのは今から約4200年前。シリカガラスを身につけたツタンカーメン王戴冠式の約850年も前のことだ。

 その路上には全部で30ほどの「ターミナル」があった。私たちが見学した2カ所は、言わば巨大ターミナルで、皮で封印した水と食料を入れたツボが大量に貯蔵してあり、当時の駐在スタッフが焼きたてのパンと水、そして、ロバ用のエサである干し草と水を用意して待っていてくれた場所だ。隊商が通過したのは、気候が穏やかな冬から初春にかけてだが、夜間の冷え込みにそなえて薪も焚いてくれたという。これら巨大ターミナルの間には、岩陰などに作ったいくつかの小ターミナルがあり、さらに、隊商が道に迷わないようにと、路上には道路標識よろしく、こまめに石塚が築いてあった。私たちが今回移動したのも、まさにこの古代アブバラス・トレールだった。

 砂漠の隊商といえばラクダをイメージしがちだが、エジプトにラクダがもたらされたのはトレール開通の1300年も後のことで、当時はロバの隊商で砂漠越えをした。一つの隊商は50〜100頭のロバで構成され、高さ50〜60センチのツボや、30リットルの水が入ったヤギ皮製の水バッグ、または、食料、献上品などを満載して、1日25〜30キロのペースで進んだと考えられている。つまり、毎晩、小ターミナルに宿泊して、3日目ごとに巨大ターミナルに到着したことになる。巨大ターミナル間の移動に要した「3日」とは、ロバが飲み水なしで移動できる最大限の時間だ。最終的に、ダクラ・オアシスからギルフ・ケビールまでは2週間ほどかかったことだろう。

 ターミナルの駐在スタッフは、隊商が来る時以外は、孤独で暇な任務だったに違いない。近くの岩肌には、滞在日数を数えた跡と考えられる多数の縦線や、自分が見た風景を描いたのだろう、弓矢を持ち犬を2匹従えたリビア人がガゼルを追う狩猟の様子が刻まれていた。さらに、石製のゲーム版も発見されている。

 ギルフからは、北西に向かって現在のリビア東部にあるクフラ・オアシスへ、または、南方のウワイナート山を経由して、現在のチャドやスーダンに行くことができたと考えられている。ギルフやクフラといえば、シリカガラス地区の「目と鼻の先」なのだ。ツタンカーメン王のシリカガラスが、アブバラス・トレールを通ってもたらされたとの直接的な証拠はない。しかし、同王が生きた第18王朝時代後半のツボは多数発見されており、トレールでの行き来が活発だったことがわかっている。

 アブバラス・トレールからは、古代エジプト、ローマ、イスラーム時代の遺物が発見されている。忘れ去られた時代もあるものの、この過酷な環境のなかで、実に3000年以上にわたって、人々に維持管理され使われてきた道だった。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

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 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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