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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

「聖なる薬」サン・ペドリート

2010年6月10日17時5分

写真:シカン博物館では、シカン文化について語る一人劇が行われた。古代シカン人の衣装を着た役者とカメラに収まる筆者 (c)natumi
拡大シカン博物館では、シカン文化について語る一人劇が行われた。古代シカン人の衣装を着た役者とカメラに収まる筆者 (c)natumi

写真:カラル遺跡。天文観測と儀式的用途に使われたと考えられる石柱の後方には、ピラミッドが2基見える (c) 松岡賢一拡大カラル遺跡。天文観測と儀式的用途に使われたと考えられる石柱の後方には、ピラミッドが2基見える (c) 松岡賢一

写真:チャビン・デ・ワンタル神殿遺跡の壁画には、サン・ペドロ・サボテンを手にするシャーマンの姿が描かれていた(c)natumi
拡大チャビン・デ・ワンタル神殿遺跡の壁画には、サン・ペドロ・サボテンを手にするシャーマンの姿が描かれていた(c)natumi

写真:同遺跡には、シャーマンが聖獣ジャガーに変化していく姿を守護神像として祀っていた (c)natumi拡大同遺跡には、シャーマンが聖獣ジャガーに変化していく姿を守護神像として祀っていた (c)natumi

写真:ランバヨケのサン・ペドロ大聖堂前にある十字架。伝統宗教とキリスト教が融合した形だ (c)natumi拡大ランバヨケのサン・ペドロ大聖堂前にある十字架。伝統宗教とキリスト教が融合した形だ (c)natumi

写真:ワラスの「ラフェリア」では、村のシャーマンが薬草を売っていた (c)natumi拡大ワラスの「ラフェリア」では、村のシャーマンが薬草を売っていた (c)natumi

 有名なインカ帝国以前に栄えたプレインカ諸文化の遺跡群を、これほどマニアックに探訪した旅があっただろうか?私たちは、北部ベルーの中心都市チクラヨから、直線距離で770キロの位置にある首都リマまで8日間かけて南下。その間に、3つの世界遺産を含む12の遺跡と、8つの博物館を見学したのだ。これらプレインカ諸文化は、後のインカ帝国繁栄の基盤となる、アンデス文明の重要な構成要素だ。

 これらの遺跡を貫いたテーマが、シャーマニズムであり、シャーマンが飲む麻薬飲料「サン・ペドリート」だった。

 紀元前3000年ごろまでさかのぼると考えられる南北アメリカ大陸最古の文明「世界遺産・カラル遺跡」では、支配者は社会と神々とをつなぐ役割を果たした。神々への捧げ物のなかからは、サン・ペドリートの原料となるサン・ペドロ・サボテンと、大量のカタツムリの貝殻が発見された。カタツムリにサボテンを食べさせて、その幻覚作用成分を精製させるためだと考えられている。

 紀元前1800年ごろから約1600年間にわたって栄えたチャビン文化の集大成「世界遺産・チャビン・デ・ワンタル神殿遺跡」では、壁画にサン・ペドロ・サボテンを持つシャーマンの絵が描かれ、サン・ペドリートを飲むことで、シャーマンが聖獣ジャガーに変化していく姿を守護神像として飾っていた。

 ランバヨケ旧市街では、サン・ペドロ大聖堂の前に立つ奇妙な十字架を見た。1863年に作られた十字架は、布が掛けられた形に彫られ、イエスキリストを意味する「INRI」の文字と共に、太陽と月、サイコロなどの装飾が付いていた。「布」とは、1532年のスペイン征服まで人々が信仰の対象としてきた歴代皇帝のミイラを包んだ布を現し(つまり、神聖なミイラを十字架に置き換えたことになる)、「太陽と月」は神々、「サイコロ」は、スペイン人に殺害されたインカ帝国最後の皇帝アタワルパが好きだったもので、皇帝自身を現すという。つまり、先住民を教化するために、キリスト教とシャーマニズムを中心とする伝統的宗教を融合させて作られた十字架だった。

 約500年間にわたる、教会、政府、そして、西洋医学関係者による「大弾圧」にもかかわらず、シャーマニズムはキリスト教とも融合しながら、今日まで人々により守られ、生き延びてきたのだ。スルーガイドのC女史によると、現在でも住民の多くは、病気になると西洋医学の病院ではなくシャーマンを訪ねるという。それは、医療費が払えないという経済的理由もあるそうだ。

 アンデス山脈への入り口である高原都市ワラスでは、周辺の村々の人々が週一度開催する定期市「ラフェリア」に遭遇した。カラフルな民族服を着た人がごった返していたが、そのなかで、村のシャーマンが各種の薬草を売っていた。

 学術調査によると、現在でも北部ペルーでは510種類の薬草が使われているという。うち207種類が「呪術・儀式用」のものだ。北部ペルーは、アンデス地域で最も伝統医学の知識が豊富な地域だった。その筆頭がサン・ペドロ・サボテンなのだ。

 サン・ペドロ・サボテンは、ペルーのアンデス山脈の標高2000〜3000メートルに自生する。現在は、国際的に取り締まりが行われている植物で、アメリカでは栽培したり、販売したりすると、最高で禁固5年と罰金15000ドルが、不法所持でも最高で禁固1年と5000ドルの罰金が科せられる。しかし、同時に、神経、関節、高血圧、心臓病、麻薬中毒に効く薬としても広く知られている。

 「サン・ペドロ」や「サン・ペドリート」とは、キリストの12使徒の一人の聖ペテロにちなんだ名前だ。C女史によると、スペイン人が侵攻してきた際、シャーマンたちがこの飲み物を飲んで、魂が第7天国に昇り知恵を授かることから、キリスト教で、天国の鍵を持ち、やはり第7天国に昇って知恵を得たとされる聖ペトロにちなんで命名したという。

 C女史は以前、サン・ペドリートで大変な思いをしたことがある。若いドイツ人2人のお客様がシャーマンに会いたいというので、連れて行った時のことだ。夜半、野外でシャーマンに勧められてサン・ペドリートを飲んだ2人は、シャーマンが「ジャガーになれ」と言うと、突然、四つんばいになって走り出した。それを見た彼女は、恐ろしくなってしまった。すると、シャーマンは、C女史にも「飲め」と勧めてきたのだ。当初、彼女は、「正式な準備」(1週間の水分補給のみの断食、瞑想、世間との断絶)をしていないからと断ったが、強く勧められたので飲んでしまった。すると、体の中が空っぽになるほど嘔吐した。(伝統医学では、体の中の毒素が出されたことを意味する)そして、空を飛んで天の川を間近に見たり、体に震えがきたり、足が重りのように重くなったりした。どうにか、家まではたどり着いたものの、それから1週間は、幻覚と幻聴が日増しにひどくなり、ついには解毒剤を飲んで、やっと収まったという。その間は、一人で寝ていると、多くの人に囲まれたり、ゴキブリが動き回るような音を聞いたり、影だけが動いたり、1秒が1生の長さにも感じられたりと、幻覚幻聴に悩まされた。彼女は、この体験を、シャーマンに勧められた際、心の中で聖なるサン・ペドリートを拒否したために起きた問題だと信じている。

 私たちの儀式を行ってくれたノ・ファエム師は、「サン・ペドリートは神聖な物であるが、理想は、サン・ペドリートを使わずして第7天国に昇り、知恵を得て人々の幸せのために働くことだ」と言った。

 旅の後半、世界遺産チャビン・デ・ワンタル神殿を見学した際、案内してくれたガイド氏も、シャーマニズムの修行をしている人だった。私たちが儀式を体験したと知ると、「ちょうど、サン・ペドリートを造ったところなので、飲んで行ってください」と、まるで、遠方から来た知己に大切な古酒でも振る舞うかのようなお誘いを受けた。サン・ペドリートは、私たちにとっては決して口にしてはならない「麻薬」でも、彼らにとっては「聖なる薬」であることを再認識したのだった。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

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 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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