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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

最後の晩餐で2通の感謝状

2010年6月17日15時8分

写真:1987年に未盗掘の状態で発見されたシパン遺跡の王墓(遺物はレプリカ)。(c)松岡賢一拡大1987年に未盗掘の状態で発見されたシパン遺跡の王墓(遺物はレプリカ)。(c)松岡賢一

写真:期せずして見学が許された、発見されたばかりのシパン遺跡最古層の墓。(c)松岡賢一拡大期せずして見学が許された、発見されたばかりのシパン遺跡最古層の墓。(c)松岡賢一

写真:レストランのカウンターには各種果実酒が並べられていた。中央が「コカの葉」、その右が、世界第二位のビタミンC含有量を誇るフルーツ、ペルーのジャングル産「カムカム」。(c)松岡賢一拡大レストランのカウンターには各種果実酒が並べられていた。中央が「コカの葉」、その右が、世界第二位のビタミンC含有量を誇るフルーツ、ペルーのジャングル産「カムカム」。(c)松岡賢一

写真:魚介類のマリネ「セビーチェ」はペルー海岸地方の代表的な料理だ。(c)松岡賢一拡大魚介類のマリネ「セビーチェ」はペルー海岸地方の代表的な料理だ。(c)松岡賢一

写真:刺身に似た「ティラディト」は、日本人移民がペルー料理に影響を与えた代表例である。(c)松岡賢一拡大刺身に似た「ティラディト」は、日本人移民がペルー料理に影響を与えた代表例である。(c)松岡賢一

写真:コカ茶はペルーの伝統的嗜好品のひとつで、高山病の症状を緩和させる効果がある。(c)松岡賢一拡大コカ茶はペルーの伝統的嗜好品のひとつで、高山病の症状を緩和させる効果がある。(c)松岡賢一

 ペルーでの最後の夜、リマ空港に向かうバスのなかで、皆が感動に浸っていた。こんな素晴らしい旅があっただろうか。心が通い合ったお客様グループ、私たちに尽くしきってくれた現地スタッフ、そして、ペルー各地で私たちの旅を支えてくださった考古学者、スポットガイド、シャーマン、レストランの方々…。

 最後の晩餐では、スルーガイドのC女史から、参加者全員に2通ずつ感謝状が渡された。スルーガイド2人と、運転手2人からのものだ。私にとって、現地スタッフから感謝状を受け取るなど初めての経験だ。

「皆様がペルーのすべてに温かく優しい心で接してくれたことに、私たちはとても感動しました。皆様のような素晴らしいお客様と出会うことは二度とないでしょう」(ガイド一同)。

「皆様の笑顔、優しさ、私たちを尊重する心は、言語と人種を超えて、心に刻み込まれています。この気持ちは、言葉ではとうてい表現できるものではありません」(運転手一同)。

 連日にわたる早朝から深夜までの過酷な旅にもかかわらず、お客様グループ、現地スタッフ、ペルーの過去・現在の人々の心はひとつになり、大きな感動を呼んだのだった。

 旅を終わるにあたって、今回の旅にかかわる有縁無縁のすべての方々に、私は深く感謝した。

 実は、今回の旅の問題点は、添乗員である私自身の、ペルーやアンデス文明に関する知識の欠如にあった。門外漢の私は、添乗業務を黙々とこなすしかなかった。毎回出来るだけおいしい郷土料理を出してもらい(もちろん、現地の人々がおいしいと思う料理を、おいしいと思う味付けで。そのために、現場で突然メニューを変えることもしばしばだった)、皆様のリクエストにお応えし、日程以外の体験もなるべく経験出来るよう工夫し、見学地では考古学者や現地ガイドの説明をひたすら通訳することに専念した。いつもの添乗では、小話や情報を目いっぱい提供する食事の時間も、お客様の話にじっと耳を傾け、黙っているしかなかった。

 ペルーでまず訪れたのは、「エジプトのツタンカーメン王の墓以来の大発見」とも言われた、未盗掘の王墓から大量の黄金の装飾品が出土した「シパン遺跡」だった。モチェ文化(紀元前後〜700年ごろ)の王墓群では、ちょうど2週間前に発見されたばかりという墓の発掘が行われていた。私は思い切って、作業中の考古学者ホセ・ボニーセ氏に質問をしてみた。すると、「墓は、何層にも折り重なるように作られた王墓群の最古層にあるもので、埋葬されたのは『高貴な人物』、恐らく、将軍か神官だろう」と説明してくれた。しばらく質疑応答を繰り返すと、今度は「よかったらどうぞ」と中に入れてくださったのだ。私たちは、期せずして、まだ遺体が残る墓の撮影を許されたのだった。

 見学後の昼食は、ペルー北部の中心都市チクラヨにあるモダンな海鮮料理レストランで行われた。初めての北部ペルー料理に、皆、「これほどまでにおいしいとは」と舌を巻いた。それもそのはず。私たちが日本の主催旅行会社から来た初めてのグループということもあって、現地受け入れ会社の社長は、「毎回、最高の食事を出せ。金に糸目を付けるな」と、スルーガイドに指示していたというのだ。私もお客様に喜んで頂こうと、レストランのカウンターに置いてあった自家製果実酒を希望者に好きなだけ飲んで頂いた。1時間以上にわたった旅の最初の昼食は、会話と笑いが絶えず、異常な盛り上がりを見せたが、それは食事のおいしさだけでなく、コカの葉を大量に漬け込んだ果実酒のせいだったかも知れない。(続く)

    ◇

 「ペルー料理」:歴史的には、トウモロコシ、ジャガイモ、豆類といったペルーの伝統的食材を、旧宗主国のスペイン料理を基本に、移民の出身地である日本、イタリア、中国、西アフリカ料理の影響も受けて調理した料理。それに、太平洋沿岸、アンデス山脈、アマゾン流域のジャングルといった気候の違いが加わり、極めてバラエティに富んだ食文化を形成している。海鮮料理の代表格は、魚介類のマリネ「セビーチェ」だ。また、日本の刺身の影響を受けた「ティラディト」も絶品だった。

 「コカ」:コカ自体には依存性や精神作用はないが、コカの葉を精製すると麻薬のコカインができる。原産地とされるアンデス地方では、コカはプレインカ時代から神聖な物とされ、「実」は信仰の対象に、「葉」は神々への供物として使われた。また、高山病に効くため、アンデス各地では、コカの葉を噛んだり、合法的嗜好品であるコカ茶を飲んだりする習慣がある。19世紀半ばにヨーロッパでコカインが精製されると瞬く間に広がり、一時はコカ・コーラの成分としても使用された。しかし、20世紀初頭に、有毒性や薬物依存症の原因になることがわかると、一転して禁止されるようになる。日本では、コカの葉をはじめコカの木全体が麻薬や麻薬原料植物に指定され、栽培、持ち込み、流通等が厳しく規制されている。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

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 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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