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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

スウェーデン北部の世界遺産「ラポニア」

2010年7月1日11時20分

写真:ランガス湖を渡し舟で渡る拡大ランガス湖を渡し舟で渡る

写真:隣接する湖で豊富に獲れる北極イワナと、ジャガイモが彼らの主食だ拡大隣接する湖で豊富に獲れる北極イワナと、ジャガイモが彼らの主食だ

写真:キョーリヨック氏が遊牧する際には、トナカイ肉の燻製を保存食として携帯するという。薄く削ってコーヒーに入れて飲むのが好みだ拡大キョーリヨック氏が遊牧する際には、トナカイ肉の燻製を保存食として携帯するという。薄く削ってコーヒーに入れて飲むのが好みだ

写真:山小屋があるピエッツヤウレは、昔は遊牧中のサーミ人が春に滞在する村であった。今でも往時住んでいた家が点在する拡大山小屋があるピエッツヤウレは、昔は遊牧中のサーミ人が春に滞在する村であった。今でも往時住んでいた家が点在する

写真:先住民族サーミ人のキョーリヨック夫妻拡大先住民族サーミ人のキョーリヨック夫妻

写真:夏、放牧中のトナカイは、高速道路にも出没する拡大夏、放牧中のトナカイは、高速道路にも出没する

 ビュービューと音を立てて吹き付けてくる強風が、ある時は追い風となって背中を押し、ある時は正面から吹きつけて行く手をさえぎる。6月下旬だというのに、気温は5度以下。口も手もかじかんで、ろれつは回らず、バッグを持つ手に感覚はない。

 私と妻は合計20キロの荷物をぶら下げ、いくつもの森を抜け、川を渡り、湿地帯を越え、丘を越え、草原を突き抜け、12時間もの間、大自然をさまよい歩いていた。出発前に、親友から防寒具とチョコレートを与えられていなかったら、とうの昔に凍えていただろう。

 私たちは、スウェーデン在住の親友に招待されて、同国北部の世界遺産「ラポニア」にある山小屋に向かっていた。湖の船着き場から徒歩1〜3時間で行けるはずが、迷いに迷ってしまったのだ。今向かっている方向が100%正しいという確証はない。弱い光を放つ太陽は、目の前にそびえる巨大な岩山の後ろに隠れ、まさに暮れようとしていた。私はさすがに覚悟した。日が沈んだら、暗がりのなか、デコボコで水気の多い大地を移動するのは極めて危険になるし、更に気温は下がる。元気を装い、足を引きずりながら必死になってついて来てくれる妻はどうなるのだろうか。

 すると、沈むかと思われた太陽が横に移動し始めた。白夜だ。薄明かりのなか、岩山の背後にある湖に近づくと、煙突の上部が見えた。ついに到着したのだ。時計は午前1時をまわっていた。

「いったいどこにいたんだい?」

 真夜中に起こされたにもかかわらず、サーミ人(ラップ人)のキョーリヨック老夫婦は、笑顔で我々を抱きしめてくれた。

「まずは、好きなだけ休むといい。起きたときに食事にしよう」

 私たちをロッジに案内して暖炉に薪をくべると、老夫婦は帰って行った。暖炉の火が、全身が冷え切っていた私たちを、心から暖めてくれた。

 翌日、夫婦のロッジを訪れたのはちょうど昼時だった。私たちをなかに招き入れると昼食をテーブルに並べ始めた。新じゃがと北極イワナ(鮭に似た味の赤身の魚)に塩をふって煮ただけの食事だが、サラダドレッシングをかけると極上の料理に変身した。北極イワナは隣接する巨大な湖に浮かせた仕掛けでいくらでも取れる。漁をするのは彼らだけなのだ。

 話を聞くと、夫は一年中トナカイを放牧して生活し、春と夏のそれぞれ3カ月間だけ、この山小屋を運営するという。私たちは今夏初の客。

 昔ながらの聖地「シエイディス」の話をふると、「私たちは現代化したから、供物をささげたりはしないんだよ」と言う。ところが、話を進めていくと、期せずして、サーミ人の精神世界に入っていった。

 サーミ人の伝統的生活とは、トナカイの遊牧である。ご主人も一族とともに、約15000頭のトナカイを飼っているという。夏の間は、蚊がこない高地に放牧して、目いっぱい草を食べさせるのだ。

 「子供のときに、父から牧畜犬との会話の仕方を習ってね。トナカイの頭(かしら)とも意思の疎通ができるようになるんだ。 父が飼っていた牧畜犬は優秀でね。何キロも先まで走っていって、数百頭のトナカイをまとめて連れてきたんだよ。実は、犬には両眉毛のところも含めて4つの目があって、普段は見えない『小人』が見えるんだ。そう、誰もいないのに吼えるときなどがそうさ。この娘にも、同じ能力があって、『観光客がいる』などというんだけど、私たちは、『観光客じゃないよ』と言って笑うんだ」

 娘さんは精神遅滞かと思われたが、その目はとても澄んでいた。

 連泊の間は風が強く遠出はできなかったが、食事ごとの会話を通して、私たちはサーミ人の世界に引き込まれていった。

◇「旅のルート」

 首都ストックホルムから車で2時間の距離にある学園都市ウプサラから、夜、寝台列車に乗車して北上すると、翌朝には、世界遺産ラポニアの入り口、イエリヴォーラに到着。駅前でレンタカーに乗り換えて、1時間半も運転すると、ランガス湖の船着き場に。夏の間なら、1日2〜3本の渡し舟に10分も揺られると対岸の村サルトロクタに着岸。迷わなければ、そこから歩いて1〜3時間で、ピエッツヤウレの山小屋に無事たどり着く。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

写真

 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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