現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. トラベル
  4. 秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き
  5. 記事

秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

ガムラ・ウプサラで、ミッドサマーイブを祝う

2010年7月23日15時30分

写真:ヘンリック・ハールグリン師は、自宅近くの森で古代スカンディナビア宗教の儀式を執行してくれた。供物の蜂蜜酒を入れた角を捧げ持つ同師拡大ヘンリック・ハールグリン師は、自宅近くの森で古代スカンディナビア宗教の儀式を執行してくれた。供物の蜂蜜酒を入れた角を捧げ持つ同師

写真:儀式中、古代北欧神話の神々や諸霊にフルートで民族音楽を捧げる同師拡大儀式中、古代北欧神話の神々や諸霊にフルートで民族音楽を捧げる同師

写真:儀式を行った森の入り口には、ヴァイキング時代末期(11世紀)のものとされる古代ルーン文字の刻まれた岩があった。埋葬した先祖について記したもので、古代宗教の象徴である蛇とキリスト教の十字架が共存していた (c)陳佳新拡大儀式を行った森の入り口には、ヴァイキング時代末期(11世紀)のものとされる古代ルーン文字の刻まれた岩があった。埋葬した先祖について記したもので、古代宗教の象徴である蛇とキリスト教の十字架が共存していた (c)陳佳新

写真:古代の聖地「ガムラ・ウプサラ」で行われた伝統行事「ミッドサマーイブ」では、人々が手をつないで、踊りながら夏を祝った(c)陳佳新拡大古代の聖地「ガムラ・ウプサラ」で行われた伝統行事「ミッドサマーイブ」では、人々が手をつないで、踊りながら夏を祝った(c)陳佳新

写真:ガムラ・ウプサラ教会に隣接する木造の鐘楼。ガムラ・ウプサラは古代スカンディナビア最大の聖地で、同教会の場所には木造の古代神殿が建っていたと考えられている拡大ガムラ・ウプサラ教会に隣接する木造の鐘楼。ガムラ・ウプサラは古代スカンディナビア最大の聖地で、同教会の場所には木造の古代神殿が建っていたと考えられている

写真:ミッドサマーイブの良き日に、ガムラ・ウプサラ教会で結婚式を挙げた老年夫婦。新郎新婦の子供や孫と思われる人々が列席した和やかな式だった拡大ミッドサマーイブの良き日に、ガムラ・ウプサラ教会で結婚式を挙げた老年夫婦。新郎新婦の子供や孫と思われる人々が列席した和やかな式だった

写真:古代の聖地である、紀元6世紀の王家の墳墓群(後方)と古代神殿跡(真中の墳墓の上に見えるガムラ・ウプサラ教会の場所)は、今では、サイクリングや散歩を楽しむ人々の憩いの場所となっている拡大古代の聖地である、紀元6世紀の王家の墳墓群(後方)と古代神殿跡(真中の墳墓の上に見えるガムラ・ウプサラ教会の場所)は、今では、サイクリングや散歩を楽しむ人々の憩いの場所となっている

 スウェーデン滞在中、同国がキリスト教化される以前のヴァイキング時代(8〜11世紀)の宗教を再興しようとするリーダーのひとりに、会うことができた。

 ヘンリック・ハールグリン師(37)。政府公認の古代スカンディナビア宗教団体「スウェーデン・アサトル会合」の代表で、考古学者でもあり、古代の神話や伝説の語り部でもある。「アサトル」とは「古代の習慣」のことだが、古代スカンディナビア宗教を意味する一般用語で、同団体はスウェーデンにある古代スカンディナビア宗教団体のなかで、最も有名で最も大きな団体のひとつだ。

 「ヴァイキングタウンに集う人々の多くは、ヴァイキングの『時代』への郷愁を持っている。しかし、私たちが彼らと違う点は、私たちは、ヴァイキング時代の宗教を現代社会に即して信仰しようとしていることです」と、ヘンリックは言う。「私たちは、ヒューマニズム、民主主義を尊重し、差別に反対し、宗教的寛容性と信仰の自由を支持する人々の集まりです」。

「私の場合、15歳のとき、自然のなかで深い霊的体験をしたのが始まりでした。魂を広げ、樹木や湖や海などの自然との一体感を得ることができたのです。そして、岩には北欧神話の神トールが宿ることなど、古代の神々と自然の事物との関係が感じ取れるようになりました。統計によると、スウェーデン人はその70%が『自然のなかでスピリチュアルな体験をした』と答える人々です。そして、国内の地名の多くにはそこに関わる古代の神々の名前が残っています。つまり、スウェーデン人は、教会でより自然のなかで霊的体験をする、自然とそれに関わる神々との濃厚な関係を持った民族なのです。

 古代宗教で最も重要なことは、全ては繋がっていると理解することです。そして、人間同士、自然、精霊、神々との関係を強化し、調和して日常生活を送ることです。それが、世界と宇宙の癒しにも繋がります」。

 話が一段落すると、「簡単な儀式をお見せしましょう」と、私たちを近くの森に案内してくれた。そこは、丘の木々の間に、ヴァイキング時代を主とする紀元後500〜1050年頃の墳墓が約50基、散在する場所だった。丘の麓には、11世紀のものとされる古代ルーン文字が刻まれた岩があった。埋葬した先祖を記した碑文で、古代宗教を象徴する蛇と、当時、広まりつつあったキリスト教の十字架が共存していた。

 森に入り墳墓が連なる場所に来ると、ヘンリックは鞄から雄牛の角を取り出し、蜂蜜酒を注いで専用の台に置くと、両手を広げて、「古代の神々、諸霊、先祖、大地と自然の生き物たちよ!」と、祈りの言葉を述べ始めた。そして、鞄からフルートを取り出すと、一曲奉納したのである。その音色はケルト音楽にも似た、こぶしの効いた民族音楽で、私たちは思わず聞き入ってしまった。次に、角を両手で捧げ持つと、感謝の言葉を述べて、その一部を大地に注いだ。

 すると、今度は、私の方に向き直って、両手を突き出してきたのだ。私は、言われた通り、彼の目を凝視して、両手で角を恭しく受け取ると、やはり祈りを捧げて、大地に蜂蜜酒を注いだ。最後にヘンリックが、「皆様に感謝申し上げます。皆様方から、パワーと導きを得て、私たちの命を強化することができました。これからも、日々、私たちと共にいられますように」と感謝の言葉を述べると、短い儀式は終了した。不思議だったのは、儀式中、すぐ近くの木にとまっていた鳥が逃げもせず、さえずり続けていたことだった。

 帰り道、歩きながらヘンリックは私にこう耳打ちした。

「皆、今日はとても喜んでいたよ。同じ儀式を、廃れてしまった他の古代聖地でも執行して欲しいって」。私は、彼に、私自身が仏教の出家僧であること、儀式の際にご真言を唱えさせて頂いたことを告げた。「そうだったの!」彼は、私に真剣な眼差しを向けた。

 別れ際、ヘンリックは質問に答えてこう語った。「古代宗教の信奉者の数は正確には分からない。古代宗教の儀式に意識的に参加するのは数千人だけど、知らず知らずのうちに儀式に参加する人だったら、スウェーデン人全員さ。明日行われるミッドサマーイブがそうだよ」。

 ミッドサマーイブとは、夏至を祝うキリスト教以前からの豊穣の祭りで、スウェーデン最大の祭日である。キリスト教化されてからは、聖書に登場する洗礼者ヨハネの誕生日(6月24日)の前日祭として祝われるようになり、現在では、同日に最も近い金曜日がミッドサマーイブと定められ、多くの国民にとっては、5週間におよぶ、待ちに待った夏休みの始まりともなっている。

 翌日、私たちは、首都ストックホルムから車で1時間程北上した場所にあるガムラ・ウプサラ(古ウプサラ)で、ミッドサマーイブの祭りに参加した。今は野外博物館となっている18世紀の製粉所には、スウェーデン人を中心とする多国籍の老若男女約1000人がひしめき合っていた。巨大な「メイポール」と呼ばれる草花で飾った柱の周りを、人々が手を繋いで囲み、バイオリンやコントラバスで奏でられる軽快な伝統音楽に合わせて踊るのだ。高齢者の多くは民族服に身をまとい、若い女性のなかには、野草の草花で作った冠で頭を飾る人もいた。踊りの集団の周りでは、家族や友達同士がピクニックランチを楽しんでいた。スウェーデンの親友は、昼食に、初摘みのイチゴ、新ジャガ、塩漬けニシン、サワークリームなどを用意してくれたが、これらが全て伝統行事なのだ。

 「広い国土で人口密度が低く、憂鬱で長い冬を過ごすスウェーデン人にとって、最大の楽しみとは人に会うことなんだよ。短い夏は、多くの人と会う大切な時期なんだ」と、親友は感慨を込めて言った。彼も会場の人々も、皆笑顔でとても楽しそうで、私たちも高揚感に満たされた。

 更に、会場となったガムラ・ウプサラは、私にとってミッドサマーイブを祝う最高の場所だった。ここは、キリスト教以前のスカンディナビア最大の聖地で、過去2000年間に2000〜3000基の墳墓が建てられた場所だ。その中心は、現在のガムラ・ウプサラ教会が建つ場所にあったと考えられる北欧神話の神々3柱を祀った古代神殿と、紀元6世紀建立のスウェーデン王家の墳墓3基である。8〜11世紀のヴァイキング時代には、9年毎にスウェーデン各地から人々が集まり、神々に「人間を含む、馬や犬などの各種動物のオス計9頭」が生け贄として捧げられ、隣接する聖なる森に首吊りにされた場所だ。それが、キリスト教化後の12世紀には、古代神殿跡にスウェーデン最初の大司教座と大聖堂が置かれた。ガムラ・ウプサラは、その大司教座が5キロ離れたウプサラに移る13世紀後半まで、実に約1000年にわたって「スウェーデンの霊的中心地」だったのだ。

 私は、今は人々の憩いの場となっている古代聖地を歩きながら、「1年で最も魔力が強くなる」と言われたミッドサマーイブを体験できたことに、深い感謝と歓びを感じていた。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

写真

 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内

鉄道コムおすすめ情報

国鉄型が続々引退、春の新ダイヤ

200系新幹線や近畿地区の183系、東海地区の117系など、さまざまな国鉄型車両が引退する…