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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

3日で回るイスラエル

2010年7月29日18時34分

写真:聖墳墓教会内にある「ゴルゴダの丘」を訪れると、ちょうどカトリックの公祈祷が始まるところだった。司祭の左奥が、イエスを磔にした十字架が立っていたとされる場所だ拡大聖墳墓教会内にある「ゴルゴダの丘」を訪れると、ちょうどカトリックの公祈祷が始まるところだった。司祭の左奥が、イエスを磔にした十字架が立っていたとされる場所だ

写真:聖墳墓教会で祈りを捧げていたアルメニア使徒教会の聖職者集団に、突然、イスラーム教の一派「ドゥルーズ派」の聖職者たちが近づいてきた拡大聖墳墓教会で祈りを捧げていたアルメニア使徒教会の聖職者集団に、突然、イスラーム教の一派「ドゥルーズ派」の聖職者たちが近づいてきた

写真:イエスの石墓の上に飾られるイコン群。イエス・キリストが埋葬され3日後に復活を遂げたとされる場所だ拡大イエスの石墓の上に飾られるイコン群。イエス・キリストが埋葬され3日後に復活を遂げたとされる場所だ

写真:「イエスの墓」を囲む聖堂の天井から吊り下げられたランプ群拡大「イエスの墓」を囲む聖堂の天井から吊り下げられたランプ群

写真:「嘆きの壁」に近いエルサレム旧市街を走るユダヤ教徒の子供たち拡大「嘆きの壁」に近いエルサレム旧市街を走るユダヤ教徒の子供たち

写真:将来再建する予定の第三神殿に安置するためのユダヤ教の象徴「メノラー(燭台)」が、嘆きの壁の近くに展示されていた拡大将来再建する予定の第三神殿に安置するためのユダヤ教の象徴「メノラー(燭台)」が、嘆きの壁の近くに展示されていた

写真:ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」(中央下)と、イスラーム教の聖地「岩のドーム」(中央上)は、共に「神殿の丘」にある拡大ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」(中央下)と、イスラーム教の聖地「岩のドーム」(中央上)は、共に「神殿の丘」にある

 「いくらなんでも、滞在期間が短すぎる!」

 私たちの計画を知ると、イスラエルの親友シャロナは叫んだ。なにせイスラエルの滞在期間は3日間。その間に、イスラエル初訪問の妻を満足させ、私のマニアックなスピリチュアルツアーをも実現させようというのである。私たちが厳選した訪問地は、エルサレム、ヘブロン、死海、サファッド。妻が、子供のときから浮遊体験をしたいと思っていた死海とエルサレムの一部を除くと、すべて私の目的地だ。

 今回のイスラエルの旅は、期せずして、世界のユダヤ人がイスラエルに「帰る」ときにたどるルートとなった。それは、日本からイスラエルに行く団体旅行の日程表とは大きく異なっていた。

 エルサレムで最初に向かったのは、別名「記憶の丘」としても知られるヘルツルの丘だった。ここには、2つの重要な国立施設がある。ナチス・ドイツによる600万人のユダヤ人大虐殺犠牲者を追悼するために建てられた「ホロコースト記念館」と、歴代首相や度重なる中東戦争で国家のために戦死した軍人などを埋葬する「国立共同墓地」だ。満員状態のホロコースト記念館では、余りの悲惨さに涙したり、呆然と立ち尽くしたりする人が散見された。

 現地ガイドは、ホロコースト記念館では、第2次世界大戦中、虐殺されるに任せたユダヤ人が、ナチスへの抵抗運動で反撃に転じたことを誇らしげに語り、小鳥がさえずり木々が生える丘全体が墓地と化した国立共同墓地では、十代そこそこで戦死した少年兵の墓や、スパイとしてカイロで絞首刑にされた諜報機関員の墓などを巡った。しかし、アラブとイスラエルの双方に友人を持つ私の心には、「憎しみは、憎しみで終わらせることはできない。過去の世界有数の被害者が、現代の世界有数の加害者になってしまっては、意味がないではないか。ホロコーストの犠牲者は、復讐ではなく、ただ平和を望んだのではなかったか」という思いが沸々と沸き起こってきた。

 両施設の見学者のほとんどが若者のグループで、各グループには必ずライフル銃を持った警備担当者がついている。突発的なテロに対する防衛策なのだろう。多くは、軍服姿の男女や、流暢な米語を話すグループだ。現地ガイドに聞くと、徴兵された兵士はここに来てユダヤ人やイスラエルの歴史を学習する義務があり、米語を話すグループは、政府系慈善団体「バースライト(生まれながらの権利)・イスラエル」が主催する10日間の無料イスラエル体験旅行で、世界中から連れて来られた若いユダヤ人だという。バースライトは、HPによると、2000年の事業開始から10年間で、52カ国から23万人以上が参加したが、その7割がアメリカ人だそうだ。

 事業の目的は、ユダヤ人国家であるイスラエルと世界各地のユダヤ人共同体との垣根をなくし、参加者がユダヤ人としての自覚を深め、ユダヤ人の歴史と文化への理解を強化することだが、参加者の実に7割が「人生を変える体験だった」と述べているという。具体的には、最前線(危険を伴うガザ、西岸、エルサレム東部を除く)でのイスラエル軍体験(「5発までの実弾発射体験ができる」という)と兵士たちとの交流、エルサレムの「嘆きの壁」や「ヘルツルの丘」訪問などだ。ガイドは「イスラエル人と海外のユダヤ人との結婚が目的さ」とことも無げに言ったが、私は、この事業による世界中のユダヤ人の「二重祖国化の強化」に憂慮した。いったいこの現象は、人々の心にどんな結果をもたらすのだろうか。

 次に私たちが訪れたのは聖墳墓教会だった。イエス・キリストが磔刑にされ、石墓に埋葬され、3日後に復活を遂げたとされる場所で、イエスの墓の上に建つ教会なので「聖墳墓教会」という。紀元4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス大帝の母、聖ヘレナ皇太后がこの地でイエスが磔にされたとされる聖十字架と墓を発見して、教会を建てたのが始まりだ。現在では、カトリックやギリシャ正教会をはじめとするキリスト教6宗派が分割管理している。

 教会内の2階部分にあるゴルゴダの丘に階段で上ると、ちょうど、カトリックの公祈祷が始まるところだった。司祭の正面には「十字架への釘付けの祭壇」があり、その左奥にある「磔の祭壇」には、イエスの十字架が立てられたとされる穴があった。その中間が、聖母マリアが十字架から降ろされたイエスの遺体を受け取ったとされる場所である。公祈祷は、多くの見学者の声が石製の教会内に響くなか、厳かに行われた。その後、カトリックの聖職者は、地上階に降りて聖墳墓の前で典礼を行うと、自分たちの事務所へと引き上げて行った。

 すると、別の音調の典礼が聞こえるので行ってみると、そこは、アルメニア使徒教会の聖職者たちが管理する地下にある聖へレナ皇太后の聖堂で、聖十字架が発見されたとされる場所だった。その後、彼らは、地上階にのぼり、先程、カトリックが典礼を捧げた聖墳墓に隣接する「哀悼の場所」で祈りを捧げていた。

 そこに突然、7人のイスラーム聖職者が入ってきたかと思うと、熱心に典礼を聞き始めたのである。あまりの光景に周りは騒然としたが、イスラーム教の聖職者は、気にする様子もなくしばらく滞在したのち途中退席した。私は思わず、彼らを追って教会の外に出て話しかけてみると、ドゥルーズ派だという。同派は、イスラーム教の「異端派」で、神秘主義的傾向が強く、輪廻転生をも信じる人々だ。質問に答えて仏教徒だと答えると、「仏教の哲学は素晴らしいね」と、とても他宗教に対して寛容な態度が見て取れた。ところで、イスラーム教徒にとって、イエスは「神の子」ではなく、磔にもなっていないと考えるが、神が使わした預言者の一人であり、救世主の一人であるとは信じているのだ。

 私たちは、夕闇迫るなか、聖地エルサレムの中心地「嘆きの壁」に向かった。ユダヤ教最大の聖地「エルサレム神殿」は、紀元前10世紀にソロモン王により造営され、モーセが神から授かった十戒を刻んだ石版が安置された場所だ。それが、紀元前6世紀に大国バビロニアにより破壊され、再建されたものの、紀元後1世紀にローマ軍によって再度破壊された。現在は、旧第二神殿の西外壁が「嘆きの壁」としてユダヤ教徒の重要な聖地となっており、男女に分かれて多くの人々が祈りを捧げている。

 その近くには、頑丈なガラスケースに、ユダヤ教の象徴である巨大な黄金の燭台「メノラー」が展示されていた。将来再建する予定の第三神殿に安置するものだという。しかし、第二神殿跡地には、既に、イスラーム教第三の聖地を象徴する7世紀建立の「岩のドーム」と「アクサーモスク」があるのだ。このままの状態で第三神殿を建立しようとすれば、また、多くの血が流されることになる。今日一日だけでも、民族間、宗教間の対立を数多く見聞きしてきた私たちには、少しでも平和と融和が広がるようにと、ただただ祈るしかなかった。

     ◇

今回の旅の出発点

 私の旅の起源は、小学3年生のとき、クラスメイトたちを引き連れて行った、故郷の遺跡を巡るサイクリングツアーだった。以来40年。私自身の「旅の進化論」は、世界の国や民族や文化や宗教の「魂」(本質)に触れること、そして、分断しがちなそれらの間の「橋渡し」をすることで融和構築の一助となることを「次の進化段階」と考え、追い求めるようになった。一般的な5感で感じるだけの旅ではなく、第6感(魂)でも感じることのできる旅だ。しかし、なかなか理想とするディープなスピリチュアルツアーは実現できずにいたのだ。

 それが、今回、スウェーデンの友人に招待されたのをきっかけに、思い切って実行に移すことにした。スウェーデンには、ベトナム航空の格安航空券を使ってベトナム(行きはホーチミン、帰りはハノイ)とパリ経由で行ったが、せっかくパリまで行くのだから、十数年来の友人がいるイスラエルにも寄ろうということになり、ベトナム、スウェーデン、イスラエルという何の関連性もない3カ国を3週間で巡る夫婦旅となった。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

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 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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