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秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き

ベトナムの香寺で仏教に触れる

2010年8月19日12時21分

写真:蓮香寺のお堂に入る直前、上空を見ると綺麗な日暈が輝いていた拡大蓮香寺のお堂に入る直前、上空を見ると綺麗な日暈が輝いていた

写真:目の前にあった僧侶の像は、驚くべくことに密具の金剛杵を持っていた。聞くと、ベトナム史上初めて「西密」をもたらした釈圓成和上の尊像だという拡大目の前にあった僧侶の像は、驚くべくことに密具の金剛杵を持っていた。聞くと、ベトナム史上初めて「西密」をもたらした釈圓成和上の尊像だという

写真:蓮香寺の尼僧が、普茶に似た高級精進料理を作って出してくれた拡大蓮香寺の尼僧が、普茶に似た高級精進料理を作って出してくれた

写真:インタビューが進むと、香山全山でナンバー2の地位にある興慶寺住持の釈明同師は笑顔になり、精霊流しに使う蓮華型精霊船をお土産にくださった拡大インタビューが進むと、香山全山でナンバー2の地位にある興慶寺住持の釈明同師は笑顔になり、精霊流しに使う蓮華型精霊船をお土産にくださった

写真:興慶寺の大悲宝殿に新たに祀った千手千眼観世音菩薩像拡大興慶寺の大悲宝殿に新たに祀った千手千眼観世音菩薩像

写真:90人の僧団は、読経後、整然と並んで僧坊に帰って行った拡大90人の僧団は、読経後、整然と並んで僧坊に帰って行った

写真:住持のご好意で、私たちも僧衣を着て、深夜までベトナム仏教体験をすることになった。大悲宝殿の前で写真に納まる、ご住持(真中)、通訳のクエンさん(右)と筆者(左)拡大住持のご好意で、私たちも僧衣を着て、深夜までベトナム仏教体験をすることになった。大悲宝殿の前で写真に納まる、ご住持(真中)、通訳のクエンさん(右)と筆者(左)

「危機的な状況です」。

 通訳兼コーディネーターをお願いしたベトナム国営通信社編集者のクエンさんは、振り返りざまそう言った。日本を発つ前に彼女を通して許可を得ていた香寺(ベトナム仏教の聖地香山にある寺)住職とのインタビューが、ダメになったというのだ。

 ベトナムの首都ハノイから南方に車で約2時間。私たちは、香寺全山13ヶ寺が散在する香山の麓にある事務所で、心徳居士(通称タンさん)とテーブルを挟んで向き合っていた。目から強い意志を感じさせるタンさんは、ベトナム最大級の参拝者を誇る香寺の住職の私設秘書である。

「お布施が必要です」。

 クエンさんは、寺院側との仲介役を務めた地元の友人とひそひそと話し合った末、そう結論付けた。経理担当の妻は、予定外の出費にしぶしぶと財布を開いて、言われた額を封筒に入れると仏前に捧げた。気まずい空気が流れる。

「夏の間、香山の僧侶が全員下山するなんて、まったく知らなかったんです」。

 生真面目なクエンさんは、今にも泣き出しそうだ。ベトナムでは釈尊時代からの伝統に則り、雨安居(うあんご)、または、夏安居(げあんご)といって、夏の雨期の三ヶ月間、僧侶は山の麓などの寺にこもって修行するというのだ。

 早速、2、3携帯電話で連絡を取ると、タンさんはワンボックスカーで我々を先導し、田園風景の広がるなか田舎道を突き進んだ。着いたのは、「蓮香寺」と漢字で書かれた山門前だった。尼寺だ。

「ここの精進料理が一番美味しいんだ」。

 どうやら、昼食レストラン代わりに立ち寄ったらしい。

 案内されたお堂に入る前に、何気なく顔を上げると、上空には綺麗な日暈(にちうん)が輝いていた。それを見たクエンさんは、私たちがただの秘境添乗員の夫婦ではなく、何か仏縁のある人だと思ったという。

 短時間のうちに調理して出してくださった精進料理は、江戸時代に中国から日本に渡来した黄檗宗の普茶料理にも似た、高級なものだった。主食のご飯、野菜汁やサラダと共に、ジャガイモ、ニンジンなどの粉末で魚やエビの形に作った揚げ物など、計9品が並べられた。一品ごとに大皿に盛られた薄味の料理を、必要に応じて醤油につけて、お箸で口に運ぶ。伽藍や仏像といい精進料理といい、ベトナム仏教では歴史的に関係が深い中国の影響が色濃く残る。

 食後、ふと仏殿を見ると、祖師像に並び、真新しい僧侶の坐像が祀ってあった。その右手には、日本真言宗開祖弘法大師空海の尊像と同様に、密具(密教の法具)の金剛杵(こんごうしょ)を持っているではないか!私は、ベトナム仏教は、中国から伝来した臨済宗(禅宗)が中心だと思っていた。しかし、タンさんに聞くと、漢字が書ける彼は、「密宗(密教)」と書いた。尊像は、この蓮香寺の第11代住持も務めた釈圓成和上という高僧で、1990年代にブータンで密教修行を行い、帰国後の2002年に53歳でご遷化されたのだという。

 密教がベトナムにも伝わっていたとは!密教僧でもある私にとっては、今まで知らなかった兄弟にはじめて会ったかのような驚きであり、歓びだった。日暈は、御仏や諸霊が歓ぶときに天空に輝くと言われる。日本密教の流れを汲む末葉にしか過ぎない私ではあっても、兄弟同士の宗派である日本とベトナムの密教がここで出会えたことに、御仏が、そして、何よりも釈圓成和上が歓んでくださったような気がして、とても有難く思った。

 昼食後、タンさんは、私たちを香山の麓にある興慶寺に案内した。香寺全山13ヶ寺の一寺だが、山の麓にあるため、僧尼たちが雨安居を過ごす伽藍となっている。その興慶寺の住持で、全山ナンバー2の地位にある釈明同師は、ベトナム仏教について次のように説明した。

「ベトナム仏教は、日本とは違い宗派が明確に分かれているわけではありません。坐禅を特徴とする禅宗、念仏を唱えて死後の極楽浄土を願う浄土教と共に、10世紀までに伝来した密教が混在しています。密教には、ベトナム、中国、日本、朝鮮に伝わった『東密』と、ネパール、チベット、ブーダンに伝わった『西密』がありますが、私の師匠の釈圓成は、ベトナム史上、はじめて西密を伝えた人物です」。

 釈明同師は、最初の寺で出会った釈圓成和上の高弟だった。そして、旅行計画の際、私が偶然に訪問地に選んだ香寺は、なんとベトナム密教の総本山とも言える寺だったのだ。

 私は、インタビューを続けた。

金子「修行をして何か嬉しかったことはありますか?」

釈師「苦しく悲しかった私の人生が、仏教により幸せになったことです」。

金子「密教で一番大切なことは何ですか?」

釈師「三密修行です。つまり、手で印契を組み、口でご真言を唱え、心で御仏の姿を思い浮かべることです。それにより、修行者は御仏と一体となれるのです」。

金子「修行中、不思議な体験をされたことはありますか?」

釈師「ありますが、その内容は、師匠に上求菩提(じょうぐぼだい。悟りを求めるため質問すること)すべきことであり、一般に話すことはできません」。

 その答えを聞いて、本物だと思った。密教は、その字の如く御仏の秘密の教えであり、その中味を軽々しく話すことは固く禁じられているからだ。

 密教談話が進むと、ご住持は私たちにとても親しみを持ってくださり、もったいなくも、ご自身の部屋に飾ってあった玉製装飾品や精霊流しに使う蓮華型の精霊船などをお土産にくださった。住持の歓ぶ姿に、最初は厳しい顔だった紹介者のタンさんも、いつのまにか笑顔に変わっていた。当初、クエンさんが、「ベトナム人にとっても、お会いすることはとても難しい」と強調した住持への謁見と、タンさんが、「質問はなるべく少なく」と注文を付けたインタビューは、結局、1時間の長きにわたり、和気あいあいのうちに終了したのだ。

 私たちは、「大悲宝殿」(観音像を本尊とする堂宇)で新たに祀った千手千眼観世音菩薩像を参拝。その間、別のお堂からは、僧侶たちが読経する元気な声が聞こえてきた。終了後、90人の僧団は僧階順に、僧侶、尼僧、在家の男女と続き、整然と僧坊へと戻って行った。よく見ると、僧より尼僧の方が多い。そして、私たちも、住持のご好意で、こげ茶色の僧衣に着替えてこの寺の僧団の一員となり、貴重で充実したベトナム仏教体験をさせて頂くことになった。(つづく)

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

写真

 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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