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ひとえきがたり

築109年弾痕が語る町の歴史 大隅横川駅(鹿児島県、JR肥薩線)

2011年8月2日

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写真:駅舎は2006年、国の登録有形文化財に。待合室には開業当時の長椅子が残る=上田頴人撮影拡大駅舎は2006年、国の登録有形文化財に。待合室には開業当時の長椅子が残る=上田頴人撮影

写真:ホームの柱に残る弾痕拡大ホームの柱に残る弾痕

写真:嘉例川駅の駅弁「百年の旅物語『かれい川』」拡大嘉例川駅の駅弁「百年の旅物語『かれい川』」

写真:大隅横川駅(鹿児島県、JR肥薩線)拡大大隅横川駅(鹿児島県、JR肥薩線)

 バラバラバラッ――。1945年7月30日。国民学校5年生だった下甑町(しもこしきまち)善治さん(76)は、米軍機の機銃掃射を浴びる大隅横川(おおすみよこがわ)駅を、防空壕(ごう)から見ていた。

 1903年の開業に向けて、前年に完成した九州最古級の木造駅舎。切り妻屋根の瓦や漆喰(しっくい)の壁が古さを物語る。ホームの柱には数カ所、当時の弾痕が残る。

 「駅の近くに造っていた機関車整備工場の完成を待っていたんでしょう。できたと同時の空襲だった」と下甑町さんが記憶をたぐる。県内各地で空襲が激しくなる中、とうとう横川も狙われた。

 空襲警報の中、息を切らして山腹の防空壕に急いだ。十数機はいただろうか。低空飛行のグラマン機が、線路沿いに何度も攻撃した。駅との距離は1キロ余り。「防空壕の真上で旋回した時、パイロットの顔が見えたのを覚えている」

 駅の裏手の家々は焼け、友達が何かの破片で頬をえぐられた。のちに聞いた話では、駅舎の屋根はハチの巣と化し、中から夏空がはっきり見えたという。

 幼い頃、鹿児島市への買い物も、温泉旅行もここからだった。国民学校に入学した年、構内からあふれるほどの人と出征兵士を見送った。母の白い割烹着(かっぽうぎ)をつかみ、いつか自分も行くんだろう、と思いながら。戦後、復員軍人を迎えたのも、「金の卵」たちが泣きながら就職列車に乗り込んだのも、この駅だった。

 下甑町さんも所属する駅保存活用実行委員会は4年前の夏から、駅前広場で平和コンサートを始めた。その日は、いつも晴れているという。(秋山幸子)

■沿線ぶらり

 JR肥薩線は、八代駅(熊本県八代市)と隼人駅(鹿児島県霧島市)を結ぶ124.2キロ。

 テレビで「美しい無人駅」と紹介されたことがある大隅横川駅(霧島市)。駅前の円筒形のポストは、駅舎の雰囲気に溶け込むようにと、同駅保存活用実行委員会(愛甲信雄・実行委員長)が宮崎県の郵便局から譲り受けたもの。線路沿いには昨年、約3千株の芝桜を植えた。毎分22トンの清水がわく大出水(おおでみず)の湧水(ゆうすい)までは、車で20分ほどかかる。

 二つ隣の霧島温泉駅は、日本初の国立公園の一つ、霧島の玄関口。霧島の自然を楽しめる観光特急はやとの風では、乗務員が沿線情報を案内してくれる。

■興味津々

 JR九州の九州駅弁ランキングで、昨年まで3年連続1位の百年の旅物語「かれい川」(1050円)は、三つ隣の嘉例川駅で週末と祝日に数量限定販売。特急「はやとの風」車内で買うには、事前予約が必要。電話JR九州旅行(092・482・1489)。

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