文:平松正顕・伊藤哲也
2009年12月1日12時20分
オリオン座とおうし座。頭を下げて向かってくる牡牛と、それに立ち向かうオリオンの姿がよくわかる。
プレアデス星団(すばる) (画像提供:NASA/ESA/AURA/Caltech)
本格的な冬がやってきた。12月といえばイルミネーションが輝く季節だが、明るい星が多い冬の星空のきらめきが華やかな地上の風景にさらに彩りを加えてくれる。長時間の星空探訪にはなかなか向かない季節ではあるが、防寒対策をしっかりして華やかな夜を楽しみたい。
今の時期、ちょっと帰りが遅くなったときにふと夜空に目を向けると雄大なオリオン座が東の空から昇るのを目にする。1等星2個、2等星5個が整った鼓型に並び、洋の東西を問わず古くから人々に親しまれてきた星座だ。オリオン座の西隣(右側)にはおうし座があり、狩人オリオンがいまにも襲いかからんとする牡牛に棍棒を振り上げている姿が星座絵となっている。オリオンの三つ星を右に伸ばしたところに赤い色に光る1等星アルデバランがあり、牡牛の右目に当たる。この星の名はアラビア語の「後について来る者」という意味の言葉が語源になっているという。では、アルデバランはいったい何について来るのか。アルデバランの西(右)に目を移すと、ぼんやりとした光の集まりが見えるだろう。プレアデス星団(和名「すばる」)である。星座では牡牛の肩のあたりに位置している。アルデバランはすばるの後について空を昇ってくることからこの名が付いている。
すばるは街中でも街灯から外れたところで目を凝らせば、いくつかの星が1カ所に固まっている姿で見える。暗い夜空の下であれば肉眼で5−7つほどの星を確認でき、西洋では女神アルテミスに仕える7人姉妹とされている。日本でも古くから親しまれており、清少納言の『枕草子』に「星はすばる」(が最も美しい)とあることをご存知の方も多いだろう。車メーカーや歌のタイトルでもおなじみだ。天文学の世界では日本がハワイ島に設置した口径8.2mの望遠鏡にこの名前をつけている。
すばるを双眼鏡や低倍率の望遠鏡で見ればさらにその美しさが際立ってくる。百数十の星が集まっているのを見ることができるからだ。このような星の集まりを一般に「星団」と呼ぶ。星団にも数十万個の恒星が中心に集中して集まる球状星団と数百程度の恒星がまばらに集まる散開星団があり、すばるは散開星団にあたる。おうし座の顔に当たる部分周辺の星たちも散開星団であり、ヒアデス星団と呼ばれる。
すばるやヒアデスのような散開星団は、実は生まれて間もない比較的若い星たちの集まりである。星は、銀河系内をただようガスや塵が集まったところで集団で生まれる。例えば、オリオン座の三つ星の下に位置するオリオン大星雲では、現在も活発に星の誕生が続いている。このような比較的狭い範囲で同時期に生まれた星たち、いわば『同級生』の星たちが集まっているのが、散開星団なのである。こうしてまとまって生まれた星たちは、実は生まれながらにしてそれぞれ別々の方向に動いている。したがって、時間がたてばたつほどこの『同級生』たちの間の距離は離れていき、やがて星団として認識できないほどバラバラになってしまう。様々な観測をもとに、すばるを形成する星たちの年齢はおよそ1億歳と見積もられている。太陽の年齢がおよそ46億歳であるから、太陽と比べるとすばるの星たちはずっと若い。だからこそ『同級生』たちが集まって星団として見えているのである。時間がたてば、すばるの星たちもバラバラになってしまい、星団としては認識できなくなるだろう。逆にいえば、私たちの太陽も昔はこのような星団に属していた可能性がある。私たちが目にする夜空の星たちの中には、かつて太陽の同級生だった星があるかもしれない。
このように集団で生まれた星たちも、やがて死を迎える。その寿命は星の質量によって異なり、非常に重い星は数千万年、太陽程度の星で100億年、太陽より軽い星はさらに長生きをする。太陽の8倍から10倍以上の質量をもつ星がその一生を終えた姿を、やはりおうし座の中に見ることができる。おうしの角の先端付近にある、かに星雲である。肉眼では見ることができないが、望遠鏡ではぼんやりとした雲のように見える。かに星雲を作るもととなった超新星爆発は、1054年に中国や日本で記録に残されている。かに星雲は爆発が観測された平安時代から現在まで1000年の間ふくらみ続け、現在のようにぼんやり広がった星雲になったのだ。超新星爆発で発生した高温高圧の火の玉の中では金や銀をはじめとするさまざまな元素が合成され、爆発とともにそれが宇宙の中に広がっていく。その元素はいつか別の場所で生まれる星に取り込まれ、あるいはその星のまわりを回る惑星の一部となるかもしれない。地球上に存在する金属の多くは、過去の超新星爆発で宇宙にばらまかれたものだ。私たちは、その宇宙の大きなサイクルの中に生きている。そんなことを考えながら冬の夜空を眺めてみると、輝く星たちがぐっと身近に感じられるのではないだろうか。
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平松正顕(ひらまつ・まさあき) 天プラ/台湾中央研究院 博士研究員
伊藤哲也(いとう・てつや) 天プラ/国立天文台 技術職員
天プラは、天文学の普及を目指して活動する、若手研究者らによる有志グループです。 なにかと遠い感じのする天文学の世界を身近に感じてもらおうと、「星の輪廻(りんね)」をテーマにしたトイレットペーパーを製作するなど、あの手この手で天文学普及に取り組みます。
モットーは“知るを楽しむ”。大目標は「みんなで作ろう、月面天文台」。