現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. トラベル
  4. TV 訪ねてみれば
  5. 記事

「大地の子」 新日鉄君津製鉄所(千葉県君津市)

2010年3月24日11時1分

写真:新日鉄君津製鉄所。巨大な器をかたむけ、銑鉄を転炉に注ぎ込む=千葉県君津市拡大新日鉄君津製鉄所。巨大な器をかたむけ、銑鉄を転炉に注ぎ込む=千葉県君津市

写真:仲代達矢、上川隆也の写真を手に撮影当時を振り返る戸田悦照さん=いずれも岩本写す拡大仲代達矢、上川隆也の写真を手に撮影当時を振り返る戸田悦照さん=いずれも岩本写す

地図:  拡大  

■父子つなぐ 迫力の装置

 明るいオレンジ色の光と煙が近くで見えた。高炉でつくられた銑鉄が転炉に入れられる鋼づくりの工程だ。ゆったりとした動きもあって、雄大さと迫力を感じさせる。

 東京駅から東京湾アクアラインを通り、バスで約1時間半。千葉県君津市の新日鉄君津製鉄所を訪れた。1995年に放送されたNHKのドラマ「大地の子」でロケ地になった。

 ドラマの中に、新鋭の製鉄所建設に意欲を燃やす中国の要人たちが、日本の製鉄所を視察に訪れる場面がある。視察団が正門付近で製鉄所の歓迎を受けたり、高炉や転炉を見つめたりする様子が撮影された。

 原作は山崎豊子の同名の小説。中国からの視察は実際にあった話だそうだ。君津製鉄所広報センター長の常住勉さんによると、当時の小平副首相らが来たという。

 ドラマは、中国東北部の旧満州で日本人の父(仲代達矢)ら家族と生き別れになった息子(上川隆也)が主人公。スパイ容疑などの試練を乗り越えて、製鉄所建設という国家事業にかかわっていく。日本の製鉄所から現地に派遣されてくるのが実父だった。日中共同の製鉄所づくりが、親子の出会いの装置として生かされている。

 脚本を担当した岡崎栄さんは「セットやコンピューター・グラフィックスでは感じがでない」と、現場での撮影にこだわった。制作統括の河村正一さんによると、撮影期間は94年6月から1年弱で、日中間を何度も行き来した。

 撮影では幸運にも恵まれたという。中でも河村さんが「偶然の産物だった」と振り返るのは、火入れの前の高炉の内部を撮影できたこと。君津製鉄所は94年秋、たまたま十数年に1回という高炉の改修時期に当たっていた。映像は中国の製鉄所が完成する場面で生かされた。

 君津製鉄所広報センターのマネジャー、戸田悦照さんは、終戦の年に生まれ、中国東北部の大連市に住んでいた。後に日本に引き揚げてきたが、残留孤児として「大地の子」になっていた可能性があったという。

 戸田さんは、放送には使われなかったものの、ロケの際に中国視察団に製鉄所の説明をする役を演じた。当時はドラマの内容を詳しく知らされていなかったので軽く考えていたそうだ。

 後にドラマを見て自身の生い立ちとの関連性を知った。想像もつかない孤児の境遇に、「泣かせてくれるなあ」と思ったという。(岩本哲生)

 ◆「TV訪ねてみれば」は終わります。

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内

鉄道コムおすすめ情報

国鉄型が続々引退、春の新ダイヤ

200系新幹線や近畿地区の183系、東海地区の117系など、さまざまな国鉄型車両が引退する…