TV 訪ねてみれば
2009年9月9日11時15分
■罪背負う男も包む安らぎ
毎日行っても飽きない、おふくろの味と、心安らぐ雰囲気。ドラマでよく見かける懐かしい大衆食堂が、現実にもあった。
東京都墨田区、国技館のすぐ裏手にある下総屋(しもふさや)食堂だ。経営する宮岡昭馬(てるま)さん(79)によると、先代の父親は1932年から経営してきた。その父親も、千葉県出身の人から屋号ごと引き継いだという。
70年以上の歴史を持つこの老舗(しにせ)が、屋号ものれんもそのままに連続ドラマに登場した。フジテレビ系で今春放送され、2日にDVDが発売された関西テレビ制作の「白い春」だ。
殺人罪で刑務所に入り、9年の刑期を終えて出てきた主人公の佐倉春男(阿部寛)。ぶらっと食堂に入り、久しぶりに「しゃば」のめしを食べる。
マグロのさしみ、天ぷら、カツ丼、瓶ビールにアイスクリームまで注文。だが、食べすぎたせいか、気持ち悪くなってトイレに駆け込む。その間に刑務所でためた金を盗まれる。一文無しになった春男はやむを得ず、すきをみて逃げ出す。
物語は春男と春男の娘・村上さち(大橋のぞみ)、さちの育ての親・村上康史(遠藤憲一)の3人の交流が軸。春男は恋人の病気の治療費をかせぐため殺人を犯したが、恋人はさちを残して亡くなっていた。春男のすさんだ心はさちの優しさに温められ、康史とも対立しながら心の奥底で通じ合う。3人には家族のようなきずなも生まれる。
食堂は再び、重要な舞台になる。春男は食い逃げした代金を支払い、さらに住み込みで働くことになる。そこにさちがやって来る。さちは、春男が本当の父ではないか、とけなげに尋ねるが、春男はあえて否定する。
物語は惨劇で終わる。春男は自分が殺した男の息子に殺される。食堂は春男が過ごした最後の幸せな時間を象徴していた。
「ロケ地とドラマの世界観は直結する。食堂は、罪を背負う春男がひっそりと安心して暮らせる場所だった」と安藤和久プロデューサー。
たしかに下総屋食堂には派手さこそないが、穏やかで着実な時間が流れていた。約20年通い続けているというタクシー運転手の男性(67)は「飾りっ気がない気さくな雰囲気がいい」。
記者もアジの開きとごはん、豚汁を食した(550円)。アジは適度に脂がのり、豚汁は大根やニンジンの甘みがよく溶け出している。ほっとする味わいで疲れもとれた気分になる。
宮岡さんによると、外食産業は競争が激しく、大衆食堂は年々、数が減っている。そのせいか下総屋食堂は、ドラマの舞台として引っ張りだこ。これまでに、十数回はロケが行われたという。(赤田康和)