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「クライマーズ・ハイ」 土合駅(群馬県みなかみ町)

2009年11月11日11時3分

写真:土合駅下りホームの階段。息切れした人のために、踊り場にベンチが置かれている=寺下写す拡大土合駅下りホームの階段。息切れした人のために、踊り場にベンチが置かれている=寺下写す

地図:  拡大  

■異次元への回廊 486段

 暗闇から現れた普通列車は、薄暗いホームに「ゴトン」と止まった。やがて走り去ると、無人駅の静けさが戻ってくる。ひんやりと湿気を帯びた空気。わき水の流れる音がする。

 三国山脈・谷川岳のふもと、群馬県みなかみ町にあるJR上越線の土合(どあい)駅。下り線のホームはトンネルの内部にあり、地上の改札口を出るまでに486段の階段を上らなければならない。目に映る光景はどれも、NHKが05年12月に放送したドラマ「クライマーズ・ハイ」の冒頭のシーンさながらだった。

 横山秀夫の同名の小説が原作。冒頭シーンで佐藤浩市の演じる主人公・悠木和雅は、谷川岳の難所、衝立(ついたて)岩を目指して土合駅に降り立つ。

 悠木は群馬県の地方紙「北関東新聞」の遊軍記者だった20年前、友人の安西耿一郎と2人で登る約束をしていた。だがその日、1985年8月12日、日航のジャンボ機が県内の山中に墜落。悠木は事故報道の責任者に指名され、約束は果たせなかった。

 階段を上り始める悠木の独白「私の慰霊登山は、ここから始まる」で、冒頭のシーンは終わる。慰霊という言葉は、ほどなく亡くなった安西への追悼だけでなく、御巣鷹の尾根で亡くなった日航機事故の犠牲者や、記録が残る31年以降だけでも約800人にのぼる谷川岳の遭難者への弔いを連想させる。

 土合駅でのロケに立ち会ったジェイアール東日本企画の中山勉さん(61)は日航機事故の際、駆けつけた遺族らが高崎駅で遺体安置所への行き方を尋ねていたのを覚えている。「20年後にドラマ化され、こんな形でかかわるとは」。不思議な気持ちで撮影を見守ったという。

 階段の下でカメラを構えていると、人の声がした。前橋市の薬剤師、藍原実さん(54)が家族を連れて下りてきたのだった。

 事故当時は前橋赤十字病院に勤めていたという。遺体の身元確認から戻ってきた医師、看護師たちは、言葉少なで食事ものどを通らない様子だった。

 「ドラマの舞台は新聞社だけど、医療現場にも極限状態で働く人たちの物語があった」

 藍原さん一家を見送った後、重い足取りで上り始めた。地上の駅舎にたどり着いたのは15分後。息切れがおさまらない。

 小さな机に、乗降客が感想を書き込む大学ノートがあった。「クライマーズ・ハイに憧(あこが)れ、ここまで来れた。サイコー!」など、物語に心酔するファンの書き込みが目立った。

 合わせ鏡のように地下深くへと続く階段を再び下りていく。現在と85年、谷川岳と御巣鷹を結ぶ異次元の回廊を、そこに感じた。(寺下真理加)

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