目の前には、ぐらぐらと煮えたぎり、もうもうと湯気を上げ続ける大きな鉄鍋。鍋から吹きこぼれそう。火力を弱めようと思わず手を伸ばしかけると、
「だめっ。火を小さくしないで」。
山田惠子さんの厳しい声が飛びました。
五島列島の名物「五島うどん」を製造する「ますだ製麺」が手がけるうどん専門店「うどん茶屋 竹酔亭」。地元では、五島うどんは「地獄炊き」で食べるのが一般的といいます。「地獄炊き」とは、大ぶりの鉄鍋にたっぷりとお湯を沸かしてうどんを放り込み、火を弱めずに強火でゆで、ゆであがったら鍋からうどんをすくい上げる食べ方をいいます。つゆは、炭火で焼いたあご(トビウオ)からとった旨味のきいた出汁と、溶き卵にしょう油を落としたものの2種類です。
アツアツをすすると、冷や麦のように細く頼りない見た目とは裏腹にコシがあり、もっちりとした歯ごたえを感じた後、つるりと喉(のど)へ滑り落ちます。あっさりしたあご出汁もいいけど、生卵も、玉子かけご飯のうどん版みたいでなんだかクセになります。
山田さんによると、五島では、お客さんが来たら地獄炊き、食材の買い置きがないときも地獄炊き、忙しい日も地獄炊き。つまり、しょっちゅう食べているとか。「ほんとはあご出汁をとったらいいんですが、めんどくさいので、家族だけなら生卵で食べています」。五島の家には、地獄炊き用の鉄鍋がひとつはあるそうです。
島の食生活に密着した五島うどん。意外と簡単にできると聞き、挑戦することにしました。上五島の船崎地区にある「船崎饂飩(うどん) 伝承館」を訪れ、「恵製麺」の西●恵三(●は崎の大が立)さん、美恵さん夫妻に教わります。
「日本のうどんの発祥地は、ここ船崎だともいわれています」
美恵さんによると、奈良時代に船崎地区の青方(あおかた)港に立ち寄った遣唐使船によって製麺技術が伝えられた、と信じている人が地元ではほとんどだそうです。中国の浙江省には、ほぼ同じ製法の麺があるといいます。
「五島うどんは、香川の讃岐うどん、秋田の稲庭うどんに並ぶ日本三大うどんのひとつと呼ばれています」
はたして「三大うどん」がどれを指すかは諸説あり、真偽のほどはわかりません。でも、こういう地元自慢、私はけっこう好きです。
つくりかたは、小麦粉と塩水を混ぜた生地を練り上げて、段階を踏みながら細く延ばしていくというもの。工程の間ごとに寝かせて熟成させるのが五島うどんの特徴で、発酵をうながすことにより、独特の香りとコシの強さが生まれるといいます。讃岐うどんをはじめ、生地を折ってたたんでから切るうどんとは異なるため、船崎では「うどんを打つ」とは言わないそうです。
私が体験するのは、すでに用意してもらった細長いひも状の生地を延ばしながら、掛巻(かけまき)と呼ばれる2本の細い竹筒に渡していく作業です。引っ張らないと細くならないけれど、力が入りすぎると、すぐに切れてしまいます。
私は4回も麺が切れてしまったため、取材や写真撮影を中断して、目の前のうどんだけに集中することにしました。もちもちした生地をつまんだり、引っ張ったり。強くつまんで、わざと指型を残したり。右、左、右、左。機械的に手を動かす単純作業に、いつしか無言になっていきます。40分ほど続けていると、頭がすっきり、なんだか爽快感さえあります。
この感覚は、以前もどこかで味わったことが……。記憶をたどってみると、それは昨年の夏に体験した歩き遍路でした。般若心経をひたすら唱えながら歩いたときの、頭がからっぽになる、あの境地と似ているのです。うどんつながりで、弘法大師を思い出してしまったのかもしれません。
生地を触るって気持ちいい。まるで、子どものころ大好きだった粘土遊びをしているみたい。いつしか忘れかけていた手仕事の楽しさを思い出した昼下がりでした。
大小140あまりの島からなる五島列島。
下五島(行政区分は五島市)では五島最大の福江島を、上五島(行政区分は新上五島町)では五島で2番目に大きい中通島を訪れる旅行者が多い。
下五島の福江島には空港があり、オリエンタルエアブリッジ(ORC)がANAと共同運航便で、福江―福岡間と福江―長崎間をそれぞれ結んでいる。飛行時間は福江―福岡間が約40分、福江―長崎間は約30分。ANAも福江―福岡便を運航している。
この旅では、海路を利用した。
東京・羽田から長崎まで約2時間。長崎空港から高速バスで長崎港付近のバス亭「大波止」まで約1時間。そこから歩いて10分ほどの長崎港へ。そこから福江島の福江港へはジェットフォイルで約1時間30分。中通島の奈良尾港へは約1時間15分。
(データは2012年11月取材時のもの)

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