秋。文化祭や体育祭のシーズンである。私も今年は、高校時代の友人キョーコちゃんと、母校の文化祭に行ってみた。卒業後初めてということもあって、校門をくぐるときは、にわかに緊張。実はワタクシ、当時ちょっとひねくれてまして、あんまり学校に行っていなかったんでございます。

母校の「緑高祭」。今年はなぜか夏開催。

マンバ的女子がいたらどうしようとか(もう渋谷にしかいないか)、様変わりしているかも、とか。どきどきしながら訪れたわけですが、細部はともかく全体の雰囲気はあまり変わっておらず。なぜか、ホ。

学校裏の塀。「あぶない刑事」のロケをよく学校裏でやっていたので、ここから飛び降りて見に行ったりしてました。ある日メロンパンを買いに行こうと、いつものように飛び降りたところ、この杭にスカート(当時は長かった)が引っかかり、顔から落下。テコの原理が働いて(?)激しく頬を打ちつけたのでした。ものすごく腫れて、アザも2年ぐらい取れなかったっけ……。今はゴミ捨て場になっちゃってました。

これこれ。これがお布団パン。
というわけで、明らかにぎこちない様子で、校内へと足を踏み入れた。だいたい学校というのは“1歳の差”がものすごく大きい場所だ。学年が1つ上がっただけで、前年過ごしていた教室にさえ入りづらくなる。
「それがどうだい」私は、そろそろと廊下を進みながら言った。「1歳差どころか、ダブルスコアだよ」
キョーコちゃんも、噛みしめるように頷いている。
「私らが高1のとき、この子たちはまだ、この世に影も形もなかったわけだもんね」
うーん。何とはなくオソロシイ話である。
中途半端な記憶しかない
たこ焼きを食べたら、お腹がいっぱいになって少し落ち着いたので、校庭や体育館のほうにも足を伸ばしてみた。まー私は記憶力が悪く、どこを見ても、「この階段を数人で駆けあがったことがあるような気がする。いたずらを企んでいるような、ウキウキとした気持ちで」とか、「この場所はなんとなく好きだった。しかし理由は覚えていない」というふうに、感情しか思い出せない。
一方のキョーコちゃんは、べらぼうに記憶力がいいので、「あのときはこういうことがあったじゃん」とか「その後にこうなったんだよ」と補足してくれる。そうしてやっと思い出が完成する、という感じだ。だから私の高校時代に関する思い出は、キョーコちゃんのそれによるところが大きいかもしれない。
餡より皮が好きなの
先日、そのキョーコちゃんと、中華街の菜香新館で点心ランチをしたときのことだ。チャーシューマンを食べながら、私はぼそりとつぶやいた。「餡より皮が好きなのよね」と。
餃子も、皮の味を堪能したいがために、(ちょっとお行儀悪いけど)餡と別々に食べることがある。自分で作るときには、皮だけをパリパリに焼いて、ラー油でもって食べることもある。キョーコちゃんも「わかる!」と言うので、“皮談義”に花が咲いた。
これまた行儀が悪くて恐縮だが、私は肉まんの皮をぎゅっと押し、圧縮して食べるのが好きである。
「全体じゃなくて、ちょっとだけね。モチモチ感が増して、こっそり感も加わって、なんだか美味しく感じるのよん。禁断の味というか何というか」
「わ、わかる〜。私は昔、食パンの白いところをほじって、ギュッとやってた。親にすごく怒られたけど」
「あと好きなのが、お布団パンの端っこ」
お布団パンというのは、山崎パンのランチパックのことである。私はたまにピーナツ味を買うのだけど、あのキワキワの、プレスされたところがたまらんのだ。
「わーかーるー!」
小麦粉製品で大盛り上がり
ふわふわの点心を食べながら、圧縮された小麦粉製品の話で盛り上がってしまった。いやもちろん点心は、とても美味しかった。
たとえば10年後。私は「ここ(菜香)でゲラゲラと笑った気がする。とてもくだらない話題で」としか覚えていないんだろうか。そいで、キョーコちゃんが、「そうそうあのときは……」と補足してくれるのか。
ま、それはそれで、悪くない。