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ぽれぽれサファリ

お手本はクールファイブ? アフィニス音楽祭(後編)

2007年10月03日

 いよいよ公開レッスンが始まった。

 生徒は若い指揮者たちで、講師は読売日本交響楽団の正指揮者、下野竜也さん。レッスン曲はドヴォルザークの『交響曲第9番 〜新世界より』で、生徒の指揮にあわせて、プロのピアニスト2人が、オーケストラの旋律を演奏する。

 まずは生徒が通しで(一楽章分を)指揮し、それを聴いて下野さんが「じゃあ今度は、この部分をこういうふうにやってみようか」などと言うのだけど、「ここが問題」と直接的に言わなくても、課題が浮き彫りになってくるから不思議だ。

 また下野さんの話術が軽妙で、見ていて本当に楽しい。

 たとえば、生徒から質問が出ると「ハイハイいいですよ。1回につき50円で承ります」とか、何度も同じところでつまずいてしまう生徒には「今度やったら本気でカンチョーするからね」とか、緊張してカチコチの生徒には「だいじょーぶだいじょーぶ、ふつう指揮者なんか誰も見てないから」とか。

 漫談でも聞いているような感じで、客席からも幾度となく笑いがあがった。

メリハリはクールファイブ風に

 私は素人なので解釈が間違っているかもしれないけれど、下野さんの教えとは、おおよそ次のような具合であった。

 生徒のAさんに「メリハリをつけよう」と指導するときは――。

 「今の君の場合、フレーズが全部、前川清なの。全員、メインボーカルになっちゃってるの。でもクールファイブはそれじゃだめ。メロディがあって、コーラスがあるから、全体がいい。ハイじゃあやってみて。そうそう。ハイそこは前川清(と言って一歩前に出る)、ハイそこは内山田洋(と言って後ろに下がる)」

 Bくんに、「クライマックスから、ゆるやかなラストへと収束していく過程がぎこちない」とダメ出し。何度も何度もやりなおして、最後にうまくいったときは――。

 「なんで今、うまくいったか分かる? クライマックスで、君の心拍数が、本当に上がったから。上がってるフリじゃなかったから。心拍数が落ちてゆくのと、テンポが落ちてゆくのとがぴったり合って、だからうまくいったんだね」

 「遠き山に日は落ちて〜♪」(家路/作詞・堀内敬三)でも有名な、第2楽章。その指揮を始めようとしたCくんに、まず言ったことは――。

 「とりあえずこの場で走ってみようか。100メートル、全力疾走するつもりで。(Cくん、その場で駆け足をする。けっこう長いこと、する)。ハイいいでしょう。じゃあ指揮棒持って。始めましょうか。でも、ね、しんどいでしょ? 息が上がって指揮棒がぐらぐらするでしょ? 第1楽章から、第2楽章に入るとき、本番はこういう感じなんです

 わざと機械的な4拍子で演奏した第4楽章をDさんに聴かせて――。

 「これはね、音楽ではありませんね。聞いててイラっときたでしょ。イラッときて、ここはもう少し早く進みたいなとか、逆にゆっくりいきたいなとか、そういう気持ちがわいたでしょ。それが、本来、音符が持ってるエネルギー。それを感じてほしかったんです」

 こんな先生に教えてもらったら、きっと音楽が好きになるなあ。

この感動をぜひ母にも…

 旅行から帰ったあと、この音楽祭のことを、すぐに母へ報告した。母もクラシック好きで、年に一度、一緒にコンサートへ行ったりしているのだ。そういえば去年は、新世界を聴きに行ったっけ。

 物覚えの悪い私は何を聴いても、旋律も曲名も作曲者もロクに覚えられないんだけど、今回ばかりはじっくり聴いてきたからバッチリだ。N氏の解説でにわか知識もつけたし、なんかちょっと詳しくなった気がする。えっへん。

 私は言った。「指揮によって演奏が変わるのが、素人耳にも分かるんだよ〜。複数の会場で公開レッスンをやってて、自由に出入りできるから、室内アンサンブルの演奏もいくつか聴いてきた」

 リラックスしたムードの中で、おしゃべりをまじえながら、演奏者たちがそれはそれは楽しそうにのびのびと弾くので、聴いてるこちらも、のびのび楽しい気持ちになったものだ。

 「どういう曲をやってたの?」と母が言う。今バイオリンをならっているので、興味津々らしい。聞かれた私は、ぐっと言葉に詰まった。

 「えーと……シューベルトだっけ。いや、モーツアルトだったかな。とにかく誰かの、えーと、ナントカ五重奏……?」

 母はだまった。そして、話はもういいから、今度パンフレットをもってくるように、とだけ言った。しゅん。

今週の春口さん

楽しかったなあ、信州旅行。旅ってやっぱりいいですね、またどこかに行きたいものです。

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プロフィール

春口裕子
1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。

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