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ぽれぽれサファリ

ガコボコ中におしゃれな場所へ

2007年10月10日

 少し前から、胎動を感じるようになった。

 はじめのうちは「はふっ」とか「もそもそ」という感じの控えめなものであったのに、最近では「ガコォ」「ドコドコッ」と劇画タッチなそれになりつつある。

 最近どうも眠りが浅いような気がしていたが、こやつに蹴られて目が覚めてしまっていたのだな。

止めば止んだで眠れない

 お腹の子がすくすく大きくなっていると思うと嬉しい。嬉しいけど、寝ているときにガコボコこられると「えいくそ」とも思う。だからそういうときはお腹をなでながら、「コラコラ。夜間は勘弁してくれたまえよ」と説得にあたる。それが通じるのかどうか、あやつも一時的にぴたっと動きを止めるのだが、一瞬のちにはまたもやガコボコしはじめる。 なでなで。ぴたっ。ガコボコ(きゃっきゃっ)、という具合である。

 ところがそれが、あるとき急に止む。

 なでなで。ぴたっ。……しーん。

 あれ? もういいの? おしまい? 

 疲れたのか飽きたのか、コトッと眠りに落ちてしまったのか知らないけど、私はなんだか置いてけぼりを食ったような気持ちになる。ちょっと、寂しかったりする。

先人いわく「今のうち」

 という話を、妹にした。

 そのとき妹はちょうどコタロー(2歳10カ月。やんちゃ盛り。近頃“怪獣”と呼ばれている)にズボンをはかせようとしているところであった。ダダダダとパンツ一丁で部屋の中を逃げ惑うコタロー。追う妹。秋なのに、2人とも汗だくである。

 ようやく捕獲に成功した妹は、「ヤ!」とえびぞる怪獣様に、絶妙な角度でズボンをはかせながら、ふっとこっちを振り返った。

 「そんなふうにしみじみと、ゆったりした気持ちでいられるのも今のうちよ」

 そういえば、幼子をかかえる友人たちも口々に言う。

 「今のうちに、おしゃれな場所へ出かけておくべし」

 「今のうちに、好きなことを心おきなくやっておくべし」

 そんなこんなを聞くにつれ、「産後ってどれだけ大変なんだ……」と戦々恐々としてしまうわけだけど、とりあえず先人たちのアドバイスは聞いておくことにした。

 友人たちと、住宅街の一角にある、こぢんまりとしたフレンチレストランへ。 

 N氏と広尾のイタリアンへ。

 両親と横浜の和食屋へ。

 出無精な私も、「まもなく出来なくなる」となると、重い腰がよいしょとあがるのだった。またそういうときは、待ち合わせの時間よりも少し早めに現地に向かって、よさげな喫茶店にふらりと入る。そして本を読む。ああ至福の時。

 ただ困ったことが一つある。カフェインをなるべく控えるようにしていたら、免疫がなくなったのか、てきめんに効く(夜眠れなくなる)ようになってしまった。これまでずっと、夜でも平気で飲んでたのになあ。人間の体って不思議というか素直というか。

たまにむらむらして飲んじゃうことがあるんだけど、そうすると案の定、翌朝まで一睡もできなかったりする。

 私がぶつくさこぼしていたら、友人が言った。

 「デカフェを飲めば? スタバにもあるよ」 

ありがとう、スタバのお姉さん

 翌日。素直な私は、素直にスタバへ向かった。

 デカフェを注文すると、店員さんが言った。

 「混んでますけど、お席のほうは大丈夫ですか?」

 えーとまだ確認してない。

 「2階席が空いてるかどうか、ちょっと見てきますね」

 店員さんは笑顔で言い、2階へ駆け上がっていった。

 そしてすぐに戻ってきて言った。

 「1席だけ空いてました。コーヒーはこれから落として時間がかかるので、席までお持ちしますね」

 なーんて親切なのっ。

 こういう一つひとつが嬉しくて、しみて、しょうがない。それもこれも“こやつ”のおかげかもと、ひそかにお腹をなでてみるのだった。

今週の春口さん

 というわけで、この原稿は、そのスタバにて取りかかりました。

 ダブルチョコドーナツをむごむごと食べながら鉛筆を持ちましたが、やる気がいまいち起きません。まだ何も始めていないのに「気分転換。うっしっし」と、持参した短編集を読みはじめました。途中で、ものすごくいいことを思いつきました。

 私は1編目の短編を読み終えたところで、パタムと本を閉じました。そして「2編目が読みたくば、原稿を書きあげるべし」と自分に命じました。次を読みたいがために、きっと私はがんばります。ぐんぐん効率があがります。しめしめです。

 という具合にうまく事が運ぶはずだったのですが、短編を4つ読み終わったところで、肝心の原稿はほんの数行しか……。あれ……おかしいな……。

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プロフィール

春口裕子
1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。

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