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ぽれぽれサファリ

タイからアモーンがやってきた〜英語で四苦八苦編

2007年10月17日

 今から半年ぐらい前の、うららかな春の日のこと。N氏が言った。

 「10月にアモーンが仕事で日本に来る。2日ほどウチに泊まる」

 アモーンとはタイに住むインド人女性で、N氏の親友だ。留学時代のクラスメイトだそうだが、彼女をはじめ、同級生一同たいそう仲がよい。アジア、欧米、アフリカ、オセアニアと、住んでいる場所はバラバラなのに、びっくりするほど頻繁に行き来している。そう。N氏は、私(超ドメスティック)が本来もっとも苦手とする、ワールドワイドな人間だったのだ。

楽しみではあるけれど

 アモーンに会うのは今回が初めてで、とても楽しみではあるんだけど、大きな大きな問題がある。イエスそれは英語。私の語学力は、多くの読者の皆サマもご存知のとおり、最低最悪のレベルなのである。

 だからN氏にはよくよく釘をさした。「キメ細かに通訳せよ」「3人でいるとき極力席をはずさぬこと」「トイレは1日3回まで」。

 しかしN氏はあっけらかんと「大丈夫だよ。彼女の英語はネイティブみたいにきれいだから」などと言うのだった。

 わかってないなあ。君はまったくわかってない。インチキ英語を操る者にとって、一番ありがたいのは同類――つまりインチキ英語スピーカーなのだよ。ぶつぶつ。

 とはいえ、そのときは「まあ、まだあと半年あるし、それまでに英会話のテキストでも見直しておくか」とのんきにかまえていた。

何もせぬまま当日を迎える

 案の定、テキストなど1ページも開かぬうちに、その日はやってきた。

 まずい。非常にまずい。ここは、家族や友人のアドバイスどおり、「笑顔もしくはアーハンウーフンで乗り切る」しかない。何を考えているのかわからない、薄笑いの日本人でいくしかない……!

 ところがアモーンは、とびきりの話し上手だった。映画の話やら、いろんな国の慣習の話やら、恋愛の話やら。経済の話とかになるとお手上げだし、細部まではとても聞き取れないんだけど、「なんだかとっても面白そう」というのはわかって、アーハンウーフンでやり過ごしたくなくなって、私は全力で耳を傾けた。姿勢からして、ずいぶん前のめりになっていたと思う。

 アモーンはというと、「three」を「とりー」、「thity」を「たーてー」などという私の発音を、ちゃんと理解して(というより受け流して)くれるのであった。

 そのようにして、我が家のリビングで小1時間ほどを話して過ごした。今日はこれからみんなで六本木に出かける予定だが、アモーンはバンコクから成田への移動で、少々疲れ気味。少し昼寝をしてから外出することになった。

 私も泥のように眠ってしまった。長らく休眠中だった――否、もともと不毛地帯だった私の脳のナントカ野(英語をつかさどっているトコロ)がフル稼働したためと思われる。

調子付いている自分に気づく

 アモーンは去年も日本に来ており、六本木のことには私よりよほど詳しかった。ヒルズの展望台にものぼったんだけど、1番喜んでたのは私(初展望)だったりした。

 2日目は鎌倉をめぐり、3日目は横浜のみなとみらいへ。

 アモーンは、聞いていたとおりの朗らかな人物であった。また2児の母でもあるため、 「ゆーこ、そっちはあぶないわよ」とか、「ゆーこ、すこしやすみなさい」とか、妊婦である私をものすごく気遣ってくれる。

 英語が話せないことをこれほど残念に思ったことはかつてなかったが、さりとて3日ものあいだ朝から晩まで一緒にいれば、いくら性能の悪い私の耳でも慣れるというもの。話すほうは相変わらずさっぱりだったが、聞き取りのほうはだいぶマシになってきた。

 そして最終日。相手の台詞にかぶせぎみに、「ヤ」とか「イヤス(イエスをちょっとカッコつけてる)」とか相槌を打っている自分に気づいて、はっとした。きわめつけは、アモーンもN氏もいない場所で、店員さん相手に「ヤ」と言ってしまったときだった。

すごくすごく恥ずかしかった。

今週の春口さん

 六本木では、ミッドタウンで食事をすることにしましたが、休日の夜とあって、どこもかしこも満席。メキシカンレストランのガーデンテラスが空いていたので、そこに腰を落ち着けたのですが、よりによってこの晩はえらく寒く、「冷蔵庫の中にいるようだ」(アモーン)。私でさえ寒かったぐらいですから、彼女にとっては極寒だったにちがいありません。

 さてさて、次週も引き続きアモーンが登場します。「お買い物編」です、お楽しみに。

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プロフィール

春口裕子
1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。

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