現在位置:asahi.com>トラベル>ぽれぽれサファリ> 記事

ぽれぽれサファリ

“わが子”と初の対面

2007年11月21日

 その日は、朝起きて洗濯やら何やらを済ませてから、少しだけマシな格好で出かけた。

 銀座の某社に用事があったのだけど、少し早めに行って、新しくできた(といってもすでに1〜2カ月経ってる)マロニエゲートや丸井をぶらつこうと考えたのである。

 まずマロニエゲートに入ってみたら、平日の午前中にもかかわらず、すごい人出だった。

 あまり興味のないファッションフロアはするするっと流して、5階から9階に入っている東急ハンズに腰を落ち着ける。ただ、ここでもブラブラするのはけっきょく文具コーナーで、「だったら銀座でなくてもマロニエゲートでなくてもいいじゃん」という感じではあった。

“わが子”と初の対面

 来年のスケジュール帳と、ブックカバーと、ノートを買って、実業之日本社へ向かった。丸井は後でまわることにした。

 担当のS氏はなんと「マロニエゲートにも丸井にもイトシアにも、まだ行ったことがない」らしい。歩いて数分のところに勤めていながら、「毎日前を素通りするだけ」。

 近すぎると、かえって行かないものなのだなあ。

 「まあ、もうちょっと人が少なくなって、落ち着いたころに行くことにします」

 そう言うとS氏は、おもむろに例のモノを取りだした。それは、まがうかたない、私の本であった。実はこのたび本が出来あがったのだ。久方ぶりの、そして短編集としては初めての出版である。

 「わが子よ〜」と頬ずりしたい衝動を抑えながら、さまざまな角度からウットリ眺めていると、S氏が言った。

 「年内に出せてよかったですね」

 「本当に。いろいろご迷惑をおかけしました」

 6月の入院騒動で出版時期がずれこみ、最後までスケジュールが押せ押せになってしまったのだ。

 「いえいえ」とS氏は言った。

 「こうして無事に完成しましたし。赤ちゃんも無事で何よりでした」

私にとってホラーだった出来事

 1年を振り返るにはまだ少し早いけど、あの入院では雑誌に穴を開けたりもして、お世話になっている人たちに本当に迷惑をかけてしまった。ただ、滑りこみというか、入院前に書きあげていて掲載に間に合った作品もあった。

 「その中の1つに、ホラー特集向けの、妊娠にまつわる作品があったのですよ。自分の妊娠が分かる前に書いたものだったんですが」

 「ほう」

 「そのゲラの赤入れが入院期間と重なりまして」

 「ほうほう」

 「担当の方から“ラストに向かう過程をもう少しドロドロさせてください”というリクエストなんかもありまして」

 「ほ、ほう」

 ベッドに横になったまま、お腹の子に「これ小説だから! フィクションだから!」と言い聞かせながら赤入れをした。おかげで(?)なかなかのドロドロ具合にはなったけど、さすがに「なんという因果な商売であろうか」と思った。

 でも、それでもやっぱり私は書くことが好きだ。小説を書くのも、そしてエッセイを書くのも。できれば、年老いてバタリと倒れるその瞬間まで、書き続けていたいものである。

ブックス&カフェで思う

 ひと足先に誕生した“わが子”を紙袋にしまい、帰りに丸井に寄った。ファッションフロアは素通りして、8階のブックス&カフェへ直行。ここにはツタヤとスターバックスが入っていて、コーヒーを飲みながらゆっくり本が選べるのだ。

 絵本を数冊持ちこんで、デカフェを飲みながら、のんびりとページをめくる。ふと顔を上げると、周りの人たちはみんな本を手に、思い思いに読みふけっていた。

私は紙袋の中のわが子にちらと目をやり、心の中で、「お前もあんなふうに読んでもらえたらいいのう」とつぶやいたのであった。

今週の春口さん

というわけで、初の短編集『ホームシックシアター』(実業之日本社/1575円)が出ました。デビュー以降、j−novel誌でコツコツと書いてきた作品のうち6編が収録されています。よかったらご覧ください。

ご感想・ご質問

春口さんへのメール、このコラムについてのご感想、ご質問は問い合わせページからお願いします。別ウインドウで開きますこちらをクリック※プライバシーについて

プロフィール

春口裕子
1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。

このページのトップに戻る