2007年12月12日
ある日曜の午後。私は某所のジョナサンで、編集者ガミー氏を待っていた。実は来月にもう1冊短編集が出るので、今日はその最終打ち合わせである。
ガミー氏はまもなくやってきて、持っていた紙袋をおずおずと差しだした。飯田橋にある、なにやらとっても評判の店のケーキらしい。
「あ、あのう、これ、先日のお詫びです」
「ほほう。覚えていらっしゃいますか」
「ええ、あの、うすらぼんやりと……」
話せば長くなるが、事の発端は、ガミー氏からかかってきた1本の電話だ。
それは仕事の電話であった。仕事の電話であるからして、かかってきたのが平日の深夜だったとか、とっくに寝ていて翌日は5時半起きだったとか、風邪っぴきで弱っている最中だったとか、そういうことはまあヨシとしよう。
そもそも電話を要する原因を作ったのは他ならぬ私であり(ミスをやらかしたのだ)、早急に確認しておかねばならない件でもあった。
ただ問題はガミー氏の状態で、祝宴のさなかにかけてきたらしく、その酔っ払いぶりたるや、そうとうなものであった。
「あのう、それで僕、電話でどんなことを言ってました?」
「『それって本当に合ってんの? ねえ合ってんの? 合ってんのかよう、がははははー』とまあこんな具合です」
「うわー……」と小さくなるガミー氏。面白いからさらに続けてみた。
「『つうかそれ関係ねえし。ぜんぜん関係ねえし。関係ねえじゃん! がははははー』ともおっしゃっていました」
「うわー……」ガミー氏はますます小さくなり、「そこまで壊れていたとは……いやホントすみません」
「ええ、ええ、まったくもって失礼でした」
そうは言ったものの、私もおおいに反省していた。実は、あまりのしつこさ(同じことを3回繰り返し、がははーで締めるスタイル)にうんざりして、最後の最後、「この件はこれにて終了っ」とぶっつり電話を切ってしまったのだ。あんな電話の切り方をしたの、何年ぶりであろうか。
怒るというのはエネルギーが要るもので、『怒後感(?)』も非常に苦い。その夜はなんだかうまく寝つけなかったものである。
さて、そんなこんなを経て、「明日、下版(下記メモ参照)」という段階までたどりついた。ガミー氏がテーブルに、組みあがったばかりのゲラを広げる。これを確認したら、私のできることは終わりだ。さーやるぞ。
「その前に何か注文しましょう」とガミー氏が言った。
「何がいいですか」
「もちろんクリームあんみつです」というのも、作品の中にジョナサンのクリームあんみつが出てきて、“ピンクの求肥(ぎゅうひ)をスプーンですくう”くだりがあるのだ。たしかそうだった(求肥はピンク)と記憶していたが、せっかくなので確かめにきた。
「あのう、僕、何か食べてもいいですかね」なんでも朝から何も食べていないらしい。
「もちろんです。どうぞどうぞ」
するとガミー氏はおもむろに財布を取りだし、小銭を積みあげはじめた。そして言った。
「実は昨日もちょっと飲みすぎちゃいまして。これがまた楽しいお酒で、途中で記憶がなくなって、気がついたらスッテンテンで」
所持金は全部で1450円だった。ガミー氏は、あんみつを差し引いた金額から逆算して注文できるものを吟味していたが、突然目をきらきらさせて立ちあがった。
「そうだ! たしかスイカ(Suica)が使えるはず……!」
「あのう、今日ぐらい私が出しますけれども」
「いえいえそれはさせられません。確認してきます……!」
そう言うとガミー氏はさっそうとレジに向かった。
お酒でハメを外したことのない私からすると、「懲りないなあ」とあきれる反面、少しうらやましかったりするのだった。
●下版…校了を済ませ、印刷所にゲラを入れること。あとは刷りあがるのを待つばかりです。
そういえば酒飲みの友人は、“妊娠中もっともキツかったこと”に、「好きなお酒が好きなだけ飲めないこと」を挙げていました。私がチョコを取りあげられるようなものでしょうか。だとしたらキツい……キツすぎる……。
1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。近著『ホームシックシアター』(実業之日本社)も好評発売中。
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