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彼または彼女の初仕事

2007年12月26日

  • 筆者 春口裕子

 ある日のこと。N氏が何も言わずに私をマタニティウェア売り場へ連れていった。

 「何か買ったら」

 「えーいいよ。マタニティなんて今しか着られないし、もったいないから」

 するとN氏は少し寂しげに言うのだった。

 「でも、ほら、毎日同じの着てるじゃない」

 がーん。

 ちょっと待っておくんなましよ、おまえさん。たしかに黒とかグレーとか似たような色の、似たような服ばかりだけど、自分で買ったヤツやら友人から借りたヤツやらで、数はけっこうあるのじゃぞ。それらを毎日、とっかえひっかえしておるのじゃぞ。

 「え、そうなの」と驚いているので、私は必死に説明した。

 「たとえば今着ているコレ。このグレーのワンピースは、昨日のグレーのワンピースにたしかに酷似しているけど、ようく見て。フードの有無が違うでしょ?」

 N氏は「ああ」と言って、弱々しく微笑んだ。

 「いいからお買いよ……」

 あ、そう。

結局、似たような服を着て

 買ったのは結局、やっぱり似たような服で、日々のローテーションに違和感なく組みこまれた。そしてそれを着て、先日、飲み会に行った。

赤坂のお店を借り切って行われたその会は、N氏の同窓会で、世界各国から70名が集まった。人が大勢いる場所は苦手なうえ、コミュニケーション言語はこれまた苦手な英語ということで、私はたいそう緊張していた。

  そんななか、アモーン(10月17日の回参照)を発見。子どもたちも一緒だ。10歳と4歳の、目のくりりんとしたかわいい男の子たちで、私はニマニマと笑みをたたえて2人に近づき、「は〜ろ〜」と話しかけた。「あん?」「何?」と、クールな返事がかえってきた。子どもに愛想が通じないのは世界共通。いいさいいさ、時間をかけて仲良くなるさ。

男か女か談義に花咲く

 それにしても、席はあるのにみんな陽気に立ち飲み&立ち話である。私はというと、出っ張ったお腹が邪魔にならないよう、壁際に張りついていた。すると「飲み物は?」「疲れてない?」「椅子に座ったら?」と次々話しかけられた。みんな、とっても優しいのだ。

 さらに「予定日はいつ?」「男の子? 女の子?」「名前は決めた?」と尋ねられるので、「1月末です」「男か女かは、お楽しみということで聞いていません」「名前はうすぼんやりと考えております」などと、へたくそな英語で答えていった。

 興味深かったのは、“男か女か談義”だ。

 「私の国では、妊婦の顔がアングリーになると、お腹の子は男だといわれている。あなたは今穏やかな顔をしているから、女だと思う」

 すると他の国の人が「いやいや」と口をはさむのだった。

 「お腹がぐんと前にせり出しているから、きっと男よ。女だったらもっとフラットなはず」

 へええ。日本でいわれていることと一緒だ。これもまた世界共通なのだなあ。

 そんなこんなで、いつのまにやら緊張も薄らいでいた。私は出っ張ったお腹を見下ろして、心の中で話しかけた。

 生まれる前にして、君は今日、実にいい仕事をしてくれたよ。

 そうしてお腹をさすると、そこにいる彼だか彼女だかは、「まあね」というふうに手の下でモゴモゴと動くのだった。

今週の春口さん

今年も1年、本当にありがとうございました。来年もぽれぽれサファリをよろしくお願いいたします。どうか良いお年をお迎えください。

プロフィール

春口裕子(はるぐち・ゆうこ)

 1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。近著『ホームシックシアター』(実業之日本社)も好評発売中。

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