2008年1月23日
かつて私は登園拒否児童であった。
うちから幼稚園は目と鼻の先だというのに、道路に大の字になっては「行きたくない」と駄々をこね、ずるずると引きずられるように――というより引きずられて登園していた。
「お友達はみんな楽しげに通っているのに、どうしてわが子はと、涙の出る思いでした」(母・談)
幼稚園に着き、母の姿が見えなくなると、今度は「この世の終わり」とばかりに、教室の真ん中でさめざめと泣く。すると先生が、すちゃすちゃとオルガンを奏ではじめるのだった。
先生「さあみんな〜♪ 恥ずかしいのは〜♪ 誰かな〜♪」
みんな「ゆうこちゃーん♪」
そしてみんな輪になって、先生のオルガンに合わせ、私の周りをぐるぐるまわる――というようなこと(お遊戯?)が、毎朝のように繰り広げられていた。その後の私はというと、終日めそめそしているかと思いきや、ひとしきり泣くとケロッとして、砂遊びやお絵描きに興じていたそうな。
「最終的に楽しむのであれば、最初から楽しんでくれればいいのにと、涙が出る思いでした」(母・談)
ごもっともです……。
某月某日。私は編集者のガミー氏と、渋谷の街を歩いていた。『ダ・ヴィンチ』で新刊を紹介してもらえるということで、これから取材を受けに行くのだ。
ふだん「人に会う」といえば、家族か友人か顔なじみの編集者さんぐらい。新規で人に会うのが久しぶりなら、取材を受けるのも久しぶりで、私は前日から極度の緊張状態にあった。
「なんかお腹が張ってきました」
「できればこの場で破水とかは勘弁してください」
「がんばります……せっかく厚化粧もしてきましたし……」
写真撮影もあると聞いていたので、なんとかよく写ろうという魂胆で、数日前に化粧道具を一式買いそろえたのであった。
ただ、そんな準備だけ万端で、よりによって名刺を忘れた。社会人失格。そして、すっかり箪笥の肥やしと化している名刺たち。ここで使わずして、いつ使うのだ春口よ。
メディアファクトリーの本社前に着くと、いよいよ足が重くなった。そんな私の背中をガミー氏が押す。
「大丈夫ですって。思っていることを、そのまま口にすればいいんですから」
2時間後。同じ場所で、ガミー氏はぼそりとつぶやいた。
「まさか、あれほどまでにしゃべれないとは……」
何を聞かれても受け答えはしどろもどろ。ガミー氏は隣で、さぞかしハラハラしていたにちがいない。なんというか、本当にすみませんです。
そんなふうであったにもかかわらず、迎えてくれたダ・ヴィンチの編集者さん、ライターさん、カメラマンさんたちは、皆さんとても温かかった。体調を気遣ってくれたり、気持ちをほぐそうとしてくれたり。
おかげで、カチコチだった私も、最後のほうにはすっかりリラックスしていた。ばかりか、楽しくなっていた。大好きな小説の話を、興味を持って耳を傾けてくれる人たちとするんだもの、苦痛であるはずがないのだ。
母の、「最終的に楽しむのであれば、最初から〜」の言葉がよみがえる。
オトナになったつもりでいるけれど、本質的なものは、あんまり変わっていないのかもしれない。
この日のインタビュー記事は、2月6日発売のダ・ヴィンチに掲載される予定です。
1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。近著『ホームシックシアター』(実業之日本社)も好評発売中。
春口さんへのメール、このコラムについてのご感想、ご質問は問い合わせページからお願いします。こちらをクリック(※プライバシーについて)