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そうだ、遠くへ行こう

2009年1月14日

  • 筆者 春口裕子

 ある日のこと。

いつものように散歩へ出ようとした私は、準備の手をハタと止めた。

 今日は、近所はなんかイヤだ。

 そんな気持ちがぽっと湧いた。湧いたと思ったら、ふつふつと煮えだし、そこからぽんと考えが飛びだした。

遠くへ行こう。

私はさっそくかばんを出してきて、荷物を詰めはじめた。

そうだそうだ。遠くへ行くのだ。N氏には悪いが、あわよくば一泊してこよう。

行く先は、いろいろ考えたが、箱根あたりが適当な気がした。本当は飛行機に乗りたいぐらいの気分だったが、いくらなんでも“遠く”が過ぎる。

かばんは、小丸のおむつやら着替えやらでパンパンになった。それを背負い、ベビーカーに小丸を乗せる。箱根めざして、いざ出発、である。

新幹線に乗る

 本当はガタゴト電車に揺られてのんびり行きたいところだけど、小丸がいるし、新横浜から新幹線に乗ることにした。それで、小田原まで。

新幹線に乗るのは久しぶりだ。また、小丸は初めてである。

ちょうどおやつタイムにさしかかるので、車中で食べさせてやろう。景色も見せてやろう。新幹線の中を探検もしよう。あれこれ夢を膨らませながら、自らのおやつも購入し、いそいそと乗りこんだ。

席についた。

コートを脱いで、小丸のジャンパーも脱がせる。

小丸をベビーカーから降ろして、膝に乗せた。

おやつ、スタンバイ。

車内販売が来たので、アイスコーヒーワンプリーズ。

車掌さん、やってくる。検札である。

検められた切符を、何の気なしに眺める。なぬ?となる。

新横浜―小田原間、15分。

こんなに近いんだっけ??

残り時間、あとわずか

 乗車時間については、さほど長くないだろうことはわかっていたが、それでも30分ぐらいはあるんじゃないかと思っていた。

 なんか、あんまり遠くナイ……。

気持ちがしゅんとしぼみかけたが、「いやいやそうではない。遠いところへ15分で行く、新幹線がすごいのだ」と自分を鼓舞した。現に小丸は、口をぽかりと開け、窓に張りつくようにして外を見ている。

そうでしょうそうでしょう。これまで見たどの景色より、流れるのが速いでしょう。

気持ちはふたたび上向いた。が、ゆっくりしているヒマはなかった。残り時間は、すでに10分を切っている。

「新幹線だよ。いいねー。速いねー」とか何とか言いながら、赤ちゃんせんべいを小丸に渡した。

こぼれ落ちるせんべいをキャッチしながら、アイスコーヒーに手を伸ばす。ミルクを入れるためにポーションを開ける。しゅぱっと“返りミルク”を浴びる。ハンカチを出して拭く。ごごっと飲む。なんだかハード。

すぐに新幹線が減速を始めた。あわてて荷物をまとめる。

15分で新幹線を満喫するのは、少々ムリがあった。

けっきょく日帰り

 箱根には、けっきょく泊まらなかった。オトナ一名(乳児連れ)が泊まれる二食付きの宿が見つからなかったのだ。ゆえに日帰り。トンボ返り。帰りの新幹線は、小丸は熟睡、私もうつらうつらで、行きにも増してあっという間だった。

箱根(純粋な)往復の旅。ひたすら移動していたため、家にたどりついたときにはクタクタだった。

「疲れてるんだよ」とN氏が言った。

うん。疲れた。

「そうじゃなくて、ずっと疲れてるんだよ」

 そうかしら。

「来月あたり、泊まりに行こうか。箱根」

いろいろ、えろう、すんません。

次回はちゃんと三人で、計画的にいこうと思う。

今週の春口さん

遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。

プロフィール

春口裕子(はるぐち・ゆうこ)

 1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。近著『ホームシックシアター』(実業之日本社)も好評発売中。

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