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「ヤ!」「ヤ!」「ヤ!」「ごふっ」

2010年4月14日

  • 筆者 春口裕子

 あるポカポカの日。

 近所の公園に行ったら、ご年配の方々が広場でゲートボールをしていた。久しぶりに見る光景である。

 これまでずっと寒かったからなあ、などと思っていると、一緒に公園へ来ていた友人が言った。

 「最近、ゲートボールをするお年寄りが減っているらしいよ」

 へー。なぜ?

 「仲間の足を引っ張ったり、迷惑をかけたり、したくないからだって」

 知らなかったが、ゲートボールは5人1組で戦う団体競技なのだ。

 「それで、ダーツとかの個人競技に移行しているらしい」

 そうなのか。そのテ(人間関係、気遣い等々)の問題からは、いくつになっても逃れられないのだなあ。

花見を兼ねて動物園へ

 別のポカポカの日。

 私とN氏と小丸は、横浜市営の野毛山動物園へ向かった。園内や周辺の桜がちょうど見頃とあって、大変な混みようだった。

 入り口でN氏が言った。

 「入場料が無料なんだね」

 そう。うれしい制度だが、そのために存亡の危機に立たされることもあるそうな。100円とか200円とか、徴収していただいてかまわないのだが。

 レッサーパンダのキンタ(雌)がちょうど食事時だというので、真っ先に向かった。幸い、最前列を確保することができた。昔ながらのこじんまりとした動物園なので、動物との距離がものすごく近い。

 飼育員が登場し、キンタが前菜(?)のリンゴを食べはじめたところで、小丸が言った。

 「ここ、ヤ。あっち、行く」

 「えー。始まったばかりだよ」

 「ヤ!」

 「メインディッシュの笹まで見届けようよ」

 「ヤ!!」

 「…………」

これがウワサの“魔の2歳児”?

 最近の小丸は「ヤ!」が多い。これがウワサの魔の2歳児――第一次反抗期か。

 ある朝起きたら突然、以下のような具合になっていたのだ。

 「おはよう」「ヤ!」

 「もう少し寝る?」「ヤ!」

 「じゃあ起きよう」「ヤ!」

 「オムツ替えるよ」「ヤ!」

 「どうしたいの」「ヤ!」

 今現在も、チンパンジーの檻の前で「ヤ!」を連発中である。何がイヤなのかわからないが、口で言うだけではもどかしいらしく、身振りを付けはじめた。

 まず、片手をグーにして高く上げ、こっちを一にらみ。「俺、これから怒るよ」のポーズである。

 その手を、勢いよく振り下ろす。

 振り下ろしざまに、胸を叩く。

 怒りの度合いによって、スピードや力強さが変わってくるが、怒り指数が最大になると、これら一連の動作は両手で行われる。胸を強打しすぎて、自ら「ごふっ」となっているときもある。

ペンギンの何が彼を

 さてさて、その小丸様。園内地図を両手で持って「こっちとー、あっちとー、こっちとー」と言いながら、ご機嫌で歩いていく。ライオン通過。キリンも通過。動物には目もくれない。

 おや。地図をかなぐり捨てて、駆けだした。

 突進した先は、水飲み場で、嬉々として蛇口をひねっている。

 あわてて止めたが、このような子供を想定済みなのか、水量が大胆に調整されていた。蛇口をいっぱいに開いても、2センチほどしか噴き上げない。おかげで助かったが、普通に飲むのが少々難しそうだ。

 その後も「地図を手に歩く→水飲み場に突進」の繰り返しで、さながらオリエンテーリングのようであった。

 が、そんな彼が、足を止めた場所があった。

 ペンギンゾーンである。

 檻にピッタリくっついて、食い入るように見ているではないか。

 そういえば、これまで行った動物園でも、ペンギンゾーンに一番長く止まっていた。

 ペンギンの何が小丸を魅了するのか。私とN氏は言い合った。

 「やっぱり、よちよち歩きの愛くるしさではないか」

 「艶やかなあの肌感では」

 「飛び込みと陸上がり時のダイナミズムか」

 「いやいや。弾丸のように泳ぎ、置き物のように立つ、静と動のコントラストだよ」

 さんざん話してふと見ると、小丸の視線は、ペンギンではなく、水面に向かっていた。水面が波立つと「すごーい」。しぶきが上がると「すごーい」。葉っぱが流れてくると「すごーい」。

 けっきょく水に尽きるのだった。

完全燃焼の日の晩

 その日の晩。いつもなかなか寝つかない小丸が、コトッと寝た。動物園で完全燃焼したらしい。あれから、ワニとカメゾーン(の池)でフィーバー、なかよし広場(の手洗い場)でフィーバーと、それはそれは楽しそうだった。

 まあ、「動物園に行ったら動物を見る」なんてのは、こっちの思惑に過ぎないわけで。どう楽しもうと小丸の勝手であり、その勝手を心置きなく通せる――本能の赴くままに行動できるのも、子供時代の今ぐらいというもの。

 好きなようにやるがいいさ。母は母でがんばって、魔の2歳児期を乗り越えるさ。

 グッスリぐうぐう眠る小丸を見ながら、そんなこんなを思うのであった。

今週の春口さん

「ミステリー傑作選2007」が文庫本になりました。私の短編小説も収録されてます。『Ultimate Mystery』のタイトルで講談社より近日発売です。

プロフィール

春口裕子(はるぐち・ゆうこ)

 1970年横浜生まれ。慶応義塾大学卒業後、損害保険会社に入社。広報の仕事でエッセイを書きながら、「やはり物書きの道へ」と心を決める。旅行と甘いものが好き。01年よりOLを辞め、執筆業に専念。同年、ホラーサスペンス大賞で『 火群の館 』(新潮社刊)が特別賞受賞。著作に『 女優 』(幻冬舎)。近著『ホームシックシアター』(実業之日本社)も好評発売中。

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